対談:ロームが目指すIDM
本インタビューは、ROHM Group Integrated Report 2025に掲載されたものです。
IDMの課題を解決する「IDMからの一部脱却」
藤谷
IDMでは高い品質が担保できる上に、独自の生産技術が磨けます。それはロームの「品質第一」という企業理念にもつながります。これまでLSIでは顧客密着のかたちで開発サイクルが速く回せるIDMならではのスピード感をもって競争力を担保してきました。また半導体素子に関しては、社内で品質の良い製品が大量に生産できるラインの開発ができたおかげで、高いシェアを獲得、維持できています。IDM体制はまだ強くできますし、伸ばす余地もあると思いますが、需要が活況のときに行う投資の償却費は需要が減速したときには大きな負担となるので、受注の変動リスクに対しては100%IDMでは難しいというのは同意見です。
また、IDMにおける開発は、自社で有しているキャパシティや製造ラインの種類に限定されたものに偏りがちで、結果として新しいものが生み出しにくくなるリスクがあります。安定した生産が可能となった製品の生産は一度外部に委託するなどして、社内のリソースを強みを磨くべきより重要なところに充てて、社外にも新たな情報を求めていかなければならないでしょう。開発領域の展開をIDMが制約、阻害することがないようにするという視点でもIDMの一部脱却には意味があります。
一部脱却の具体像と、競合への対抗策
東田
IDMのどの部分を脱却していくかについては、場合によって判断していくべきでしょう。特に半導体を微細化する領域では、ファンダリの製造体制は規模的にも整っています。将来的には、例えば90nm以下の微細な半導体についてはファンダリの技術をうまく使ってまずは生産量を増やし、その後社内のIDMの体制で強化していくというやり方へ変えていく可能性もあります。逆にSiC半導体のようにまだ大きなファンダリがない領域では、研究開発からIDMで立ち上げて技術革新につなげることで、先駆者として売り上げを獲得できるというメリットがあります。それに、外部に依存しすぎると自分たちの強みである技術が低下してしまい、他社製品に対する優位性も見いだせなくなります。
藤谷
ロームは独自の工夫やすり合わせの技術で戦ってきました。そういったものづくりに原点回帰するためにIDMの良い部分は担保しつつ、一部では脱却して新たな技術獲得の機会を外部に求めていくことは、LSI事業の今後の成長に必要な要素です。
また、半導体素子はまだまだローム社内でコストダウンを追求できる余地があると思います。ロームでは、内部のエンジニアがこれまでにない革新的な生産方式を作り上げてきたので、市場への製品の投入も非常に早く、コストダウンについても競合に先駆けて行ってきました。しかし近年は劇的な生産性の改善は実現できておらず、海外の競合にも追いつかれています。そうした海外メーカーに対抗するために、新規材料の採用や組立技術を学ぶことで、コストを抑えつつ期待以上の付加価値を生み出すことが、今後の半導体素子分野で目指していくべきところだと思います。
東田
汎用的な製品はコスト重視の傾向があるため、中国メーカーと正面から競争するのは確かに難しいでしょう。しかし、IDM体制を生かして機能や性能などの付加価値の面で差別化を図ることで、十分に勝機はあると考えています。国際市場は広大であり、中国メーカーがまだ参入できていない領域も存在します。
一方で、中国メーカーのコスト構造には常に注目しており、ロームのコストとも継続的に比較しています。中国政府による半導体分野への支援策が今後も継続されるとは限らないので、状況の変化を見極めながら、勝てるチャンスを確実に捉えていかなければと思っています。
藤谷
コストの面では、製造工程の効率の最適化も重要です。2023年にQuanmatic社との協働でEDS工程への量子技術ソリューションの試験導入の実証を行いました。IDMにおいて、設備のセットアップや工程のバリエーションなどあらゆるパターンを想定してオペレーションをデータ化するにはかなり複雑な計算が必要ですが、量子コンピュータではその計算を非常に短時間でできます。いわゆる「匠」のような経験豊かな社員の技術に依存していたセットアップなどを、ソフトウェアで再現できるようになったことは画期的です。この技術はコスト削減だけでなく、国内での人口減少という課題のなかでの工程の省人化、無人化にも効果を発揮することを期待しています。
また、社内にものづくり人財としてのエンジニアがいることもロームの大きな強みです。ロームには人財の面で「世界初」が生み出せる素地があります。この先、IDMの一部脱却が外の技術を取り込むことにつながり、社内のエンジニアの開発力や提案力が更に磨かれ、再び世界初となるものづくりの提案が生み出されることへの期待があります。
組織再編で迅速に市況の変化に対応し、企業価値向上へ
東田
もともとロームは、各事業が縦割りでIDMを立ち上げている会社でした。しかし、この縦割りが強すぎると、IDMとしての強みが発揮できません。組織としてはマトリックス型の状態が理想的だと考えています。そのため、私はこれまでWP(ウエハプロセス)生産本部を預かる立場として、部門間に横串を刺して技術の水平展開もしてきました。そうやって全体を俯瞰すると、ある部門の技術を別の部門でも使えるということが分かります。
藤谷
私もAP(アッセンブリプロセス)生産本部を担当する間、事業組織を横断するかたちで、生産組織全体の最適化に取り組んできました。生産体制で事業間の重複する無駄を無くして標準化につなげたという点では一定の成果が出せたと思いますが、今回強い事業基盤の再構築に着手するため事業縦型の体制に戻しました。これは事業最適の視点で重要な経営判断だと思います。
東田
同感です。ロームとして今必要なのは、強いIDMを作っていくことです。実は市況が下がった時、縦割りの事業性が非常に強みを発揮します。だから今、市況の変化に対応して会社が迅速な決断をしたのは、非常に良いことだと思います。マトリックス型の状態を維持しつつ、その時の環境によって縦と横のどちらに比重を置くか柔軟に素早く判断することが経営として大事です。
実際、WPとAPに関する戦略部門は、横串を通す組織として残しています。縦型組織だからこそのスピード感を生かしつつ、必要な部分は横串の組織で補完し全体の最適化を図ることで、ロームならではのIDMを作り上げたいと考えています。
藤谷
「どこにでもある会社」ではなく、「どこにも無い魅力のある会社」を目指したい。IDMで生産する会社が減少しているなかにおいても、ロームが活路を見いだせるのはやはりIDMの領域だと思います。その領域で努力する一方で、そこに固執しすぎることなく一部を外部に委託する、IDMからの一部脱却は、ロームの「より強いIDMを作り上げたい」という方針の表れでもあります。
東田
今メジャーとされる半導体メーカーは、基本的にはIDMから脱却しているところがほとんどです。それらの企業にロームが勝つためには、IDMを強みにできる環境を社内で作り上げなくてはならないと考えます。一方で、ファンダリやOSATといった社外の組織を活用して、IDMをより強くすることも必要です。IDMを強みとしつつ外部を活用することを、ロームでは「IDMからの一部脱却」と捉えています。
具体的には、需給の変動時の製造コストを投資という形で固定費にするのではなく、ファンダリやOSATに外注することで変動費化します。これは利益を維持することにもつながります。例えば、技術的に独自性がなく今後の技術革新にもつながらない製品は、外注して変動費化するという経営判断をします。
ただ、たとえ今は外注していても、作ろうと思えばいつでも社内で作れる技術がロームにはあります。需要に応じて内製の生産効率を維持し、コストを維持できるのが、IDMの強みになります。一方で、社内だけですべての工程を完結していると、他社の技術に触れることがなく「井の中の蛙」になってしまいます。さまざまな情報を得たり学んだりするためにも、外部を活用することは大切です。