Stories of Manufacturing#10
<10億分の1>をつなげる人びとNano電源技術
電源ICの新たなコアテクノロジー創出
2010年代半ば――ちょうど今から10年ほど前のことです。
半導体技術の根底を支える「電源ソリューション」分野において、ロームは一つの問いを立てました。それは「いま目の前のニーズに応えるだけでいいのか」ということ。変化の激しい市場の中で、次に求められるのは“未来を見据えた電源技術”ではないか。
その想いから誕生したのが、<先行電源開発プロジェクト>と呼ばれる組織でした。
このプロジェクトが掲げたテーマは、明快です。「省エネ・小型化を極める」。単にアプリケーション毎に性能を高めるのではなく、電源ICのコアテクノロジーそのものを刷新することを目標としました。さらにロームが持つ垂直統合型生産体制という強みを活かし、回路設計・レイアウト設計のみならず、プロセス技術の領域にまで踏み込みました。
単なる「次の世代」ではなく、「未来を担う電源技術を創る」という覚悟が、このプロジェクトには込められていたのです。
当時の半導体業界を俯瞰してみると、まさに電源ICにとっての大きな転換期でした。
スマートフォンやタブレット市場は成熟と飽和の時代に入り、その一方で、ハイブリッド車・EV・ADAS(先進運転支援システム)などの普及が進み、車載半導体には高耐圧・高信頼性・高効率といった新たな要件が次々と加わっていきました。
また、センサー、ウェアラブル機器、スマート家電など、ネットワークに接続された小型デバイスが登場し、“モノがつながる時代”―すなわちIoTという言葉が一般化しはじめた時期でもありました。
こうしたアプリケーションの広がりを背景に、電源ICにはかつてない多様なニーズと技術課題が押し寄せました。
まさに<雨後の竹の子>のように、新たな要求が次々と立ち現れ、各メーカーはそれに応えるスピードと柔軟性を問われる時代を迎えていたのです。
●「省エネ・高効率化」を筆頭に、●大電力対応、●高集積化・周辺部品の削減/小型化――。電源ICが抱える根源的な課題に挑み、次の時代のソリューションを目指して船出したロームの「先行電源開発プロジェクト」。
ただ、そのスタートは決して華々しいものではなく、むしろ試行錯誤と模索の連続だったようです。
危機感からのスタート
10年前の状況を語ってくれたのは、先行電源開発プロジェクトの一員として電源IC開発の最先端に携わっていた山口氏。
細いパルスでスイッチングを制御する――その新たな可能性を模索していた頃のことでした。
山口
「今思うと非常にありがたい言葉だったのですが、その時は正直なところ、悔しさでいっぱいでしたね。
競合品のパルス幅数値が既に<30ns>を達成していたのに対して、ロームは<120ns>・・・!
圧倒的に劣っていたので、お客さまに言われて当然なのですが、<なんとか見返してやる!>という気持ちが、その後の開発のモチベーションになったのは確かですね。」
ICの動作情報を電流で検出する従来のパルス制御方式には、2つの大きな壁が立ちはだかっていました。
ひとつは「ノイズ」、もうひとつは「回路遅延」です。
何ヶ月にもわたって出口の見えない試行錯誤が続くなか、山口氏はようやくその壁を乗り越える糸口をつかみました。
そのきっかけとなったのが、社内のトップエンジニアとして先行電源開発プロジェクトを牽引していた立石氏の存在でした。
Nano Pulse Control™の誕生
山口
「ある日、社内のトップエンジニアである立石さんに、課題や可能性をぶつけてみました。
その場では、お互いに次の一手を模索してたんですけど、ある日の夕方、退社前のタイミングで、発想を変える方向で<これならいけるかも>という妙案を思いついたんです。
嬉しくなって立石さんのところへ飛んでいったんですよ。
そうしたら<丁度同じことを考えてた>って!立石さんもすごい嬉しそうな顔でおっしゃられました。」
開発当時の山口・立石両氏を切り取った一コマ。
設計画面を前にしての何気ない会話をきっかけに、一気に熱を帯びた技術論へと発展することもたびたび。
長年LSI開発に携わってきた立石氏が持つ知見と、エンジニアとしての情熱と推進力を持つ山口氏。
この二人のベクトルが交わることで生じた、まるで自然発火のような現象・・・・<ひらめきが技術へと結晶する>瞬間こそが、<Nano Pulse Control™技術>の誕生だったのでしょう。
この出会いと共鳴は、ともすれば偶然の中から生まれた「よく出来たストーリー」のように捉えられるかもしれません。しかし、その根底には、個々の才能だけでなく、互いを刺激し合いながら発想を磨く――ロームならではの開発文化が息づいていました。
立石
「イノベーションって、スーパーマンがひとりで完結させるものじゃないと思うんです。
<色んなことを考え抜く人>がまず居て、その人を取り囲む専門性の高い知識や技術を持っている人達が近くに居て、対話をすることでふとした瞬間にアイデアがひらめく・・・<化学反応が生まれる>という言い方をする人もいますけど。
ロームのアナログ電源技術が、ブレずに独自の道を歩み続けている理由のひとつは、そういった<考え続ける人>と<それを刺激する人たち>が居て、アイデアを育む風土があるからではと思っています。」
2人のディスカッションから生まれた新しい発想が、●回路遅延や●寄生インダクタンスによるノイズ、さらには●リンギングの影響を克服した独自の回路へと着地するのに、多くの時間はかかりませんでした。
2017年には、世界最小*のON時間=9nsという驚異的な数値とともに製品としてリリース。
1チップで高電圧入力を低電圧出力へと変換する革新的な技術として、国内外の業界に大きなインパクトを与えました。
スイッチング制御の基幹技術として
2017年に市場に送り出されたNano Pulse Control™搭載DC-DCコンバータは、ヨーロッパを中心に拡がりをみせていた48Vマイルドハイブリッド車をメインターゲットとして製品化されましたが、発展途上のマイルドハイブリッドの需要にうまくマッチせず、通常の12V製品におけるスイッチングの基幹技術として転用する方針が取られました。
毎年2回開催されていた「新技術・新商品発表会」の様子。
開発から営業までが新鮮な情報を交換する中で、
新たな戦略や製品がここから生まれていった。
「技術を磨き続ける」と同時に「横串として展開させる」ことも重要であるとの思いから、ローム社内の全部署を対象にした「新技術・新商品発表会」などでも積極的に技術の高さ・可能性をアピール。車載向けだけでなく様々な市場に広く採用されると同時に、デバイス構造の改良やパッケージ技術の最適化により、さらなる高周波化・高効率化も実現。いまや「スイッチング制御の基幹技術」として、ローム製の電源IC(スイッチングレギュレーター)のほぼ全ての製品に搭載されるまでになっています。
また、Nano Pulse Control™は、GaNデバイスの特長である高速スイッチング性能を最大限に引き出すことも可能で、GaNを制御するコントローラICへの展開が始まっています。
現在ではGaNを採用することで、制御パルス幅を「2ns」まで向上させることに成功。デバイス構造の改良やパッケージ技術の最適化により、より多様な電源トポロジに対応する技術としてこれからも新たな可能性の扉を開き続けていきます。
「省エネ」を再定義する
Nano Energy™技術
ここまで紹介してきたNano Pulse Control™技術と、ほぼ同じ時期に開発から製品化への道を歩んだもうひとつの技術があります。Nano Pulse Control™が「パルス幅」を意味するns(ナノ秒)に由来しているのに対し、次にご紹介するのは「消費電力」を示すnA(ナノアンペア)に着目した技術です。その名も――Nano Energy™技術。
2010年代半ば、センサネットワークやIoTといった分野が急速に広がりを見せる中、「限られた電力を、いかに“無駄なく・必要なときに・必要なだけ”届けるか」という新たな課題が生まれました。
従来とは異なる電力供給のあり方が求められる時代に、その問いへ正面から挑んだのが、このNano Energy™技術なのです。
鶴山
「Nano Energy™の開発では、DC-DCコンバータの低消費電力化が大きなテーマでした。
どんなICでも共通の課題なんですが、低消費電力化を進めると、どうしてもコンパレータを含めた回路の応答速度が遅くなってしまうんです。いわゆる“トレードオフ”と呼ばれる関係ですね。
この問題をどうやって両立させるか――そこが一番の技術的なチャレンジでした。」
開発を進めるうえで掲げた明確な目標が「コイン電池で10年間連続動作させる」というものでした。電池容量を100mAhとすると、10年=87,658時間の連続動作には、実効容量下で970nA以下・・・つまり「ナノオーダー」の超低消費電流を実現する必要があったのです。
当時、競合の一社がすでにナノレベルのDC-DCコンバータを市場投入していましたが、ROHMが到達できていた最小値は約30μA。
目標の970nAに対してはおよそ30分の1、さらに競合を超えるには80分の1という極限的な数字を目指さなければなりませんでした。それは、まさに途方もない挑戦でした。しかし鶴山氏をはじめとする開発メンバーは、一切怯むことなく、目の前の課題をひとつずつ丁寧に潰しながら前進していったのです。
<ひらめき>を技術へ、そしてブレイクスルーへ
鶴山
「ポイントは、コンパレータを2つ用意したというところなんです。
通常のアプローチだと、ひとつのコンパレータの中で最適なバランスを探っていくのが<常識>なんです。
つまり、<速度>と<消費電力>のトレードオフをどこで折り合いをつけるか、という発想です。
でも、私たちはそこに<全く新しい考え方>を持ち込みました。
2つのコンパレータを用意して、一つは高速応答用、もう一つは低消費電力用、動作の要求に応じて切り替えながら制御するというところがポイントで、さらに2つのコンパレータ間で生じてしまう<ばらつき>を、自動補正するという技術も独自開発しました。」
これまでの常識にとらわれない「ひらめき」を、確かな技術として形にするために、さまざまなアプローチに挑戦しました。
中でも、製造部と一体となって取り組んだ「曲げ抵抗の作成」や「差動型(当時はEnh-Dep)基準電圧の開発」などは、垂直統合型生産を採用しているロームならではの象徴的な例と言えるでしょう。
つまり、“回路をどう設計するか”という枠を越えて、「素子そのものをどうつくるか」という領域にまで踏み込んだことが、結果として大きなブレイクスルーへとつながったのです。
DC-DCコンバータの低消費電力化を一から捉え直して開発されたNano Energy™技術は、瞬く間に「世界最小消費電流」スイッチングレギュレータへと結実しました。電源ICにおける永遠のテーマに真正面から挑み、ROHMとしてひとつの大きな壁を乗り越えたこの技術は、社内外のエンジニアにとって新たなマイルストーンとして広く認知されるようになりました。
つながり、展開してゆく技術
この開発で生まれた要素技術は、その後年月を経ながら大きな展開を見せることになります。
まず、Nano Energy™の低消費電流化部分を活用したかたちで、Reset ICの低消費電流化に対応。(2022年)
機能安全を求める車載・産業機器に向けた、高信頼かつ省エネルギーの「電圧監視機能」への高いニーズに対応したこの製品。
①広範囲動作の電圧かつ②高い検出精度という要求に加えて、③バッテリ駆動機器の長寿命化や、自動車の暗電流削減を実現するための超低消費電力が求められていました。
開発にあたっては、ロームが得意とするアナログ設計技術を駆使することで、nAオーダーの消費電流と業界TOPの高精度の両立に成功。多くのお客さまから高い評価をいただいています。
2024年には、消費電流を世界最小に抑えたリニアオペアンプに、進化したNano Energy™が使用されています。
多様化するセンシングアプリケーションの中で、センサ信号を高精度に処理するオペアンプですが、近年は、セットの省電力化を背景に、「高精度」と「低消費電流」の両立が強く求められています。
電子棚札など内蔵電池で駆動するアプリケーションの長寿命化を実現するほか、充電式バッテリーを搭載するスマートフォンなどの稼働の長時間化など、さまざまなシーンで活躍が期待される製品の中で、Nano Energy™技術が息づいています。
さらに、Nano Energy™のLDO(リニアレギュレータ)への応用にはじまった開発ストーリーは、数多くの人を巻き込みながら「第3のNano」といわれる「Nano Cap™」へと繋がっていくのでした。
極小コンデンサで安定制御を -Nano Cap™
「パルス幅」=ns(ナノ秒)、「消費電流」=nA(ナノアンペア)に続いて「10億分の1の世界」で挑む電源技術として着目する単位は「キャパシタンス」=nF(ナノファラッド)です。キャパシタンスとは、電気を一時的に蓄えたり放出したりする能力を表す値で、電子機器を安定して動かすための重要な部品である「コンデンサ(キャパシタ)」と深く関係しています。
この微細な「nF」の値をめぐって、ロームのエンジニアたちの新たな挑戦が始まりました。
田古部
「その頃実は、コロナ禍の影響で<世界的なコンデンサ不足>が起こっていました。
私はその当時、先行電源開発プロジェクトの一員として、Nano Energy™などに関わっていたのですが、ちょうどその時に商品開発部の永田さんから相談を受けたのです。
<コンデンサが減らせれば、いま市場価値が跳ね上がる!>といった内容でした。
そこで想い出したのが、スイッチング電源開発の渡邊さんとの会話です。
<スイッチング電源の技術ってLDOにも使えないのか?>という何気ないヒントだったのですが、その2つが結びついた先に、Nano Cap™技術へのアプローチが見えてきました!
振り返ってみると、そこが全ての始まりだったと思います。」
Nano Cap™の開発のはじまりを語ってくれたのは、入社以来、一貫して電源ICの設計に携わってきた田古部氏です。コロナ禍による供給不安がきっかけでしたが、実は「外付けコンデンサを削減したい」というニーズは年々高まっていました。
それは、部品点数・基板面積・設計工数の削減を通じて、セットの小型化やコスト低減、さらには信頼性向上にもつながる普遍的かつ重要な課題だったのです。
しかし、コンデンサの削減は同時に、回路の安定性を損なうリスクを伴います。
この相反するテーマに挑んだNano Cap™のコア技術は、従来の「出力電圧を検知して調整する」フィードバック制御に加え、「電流による高速な帰還」を取り入れることで高周波帯域での電圧変動を抑えることに成功しました。
この瞬間、「安定動作には大容量コンデンサが不可欠」というこれまでの常識を覆し、新たな電源制御の可能性を切り拓く扉が開かれたのです。
Nano Cap™は電流の変化(=瞬時の負荷応答)を直接フィードバックするため、コンデンサに頼らずとも高速・安定な動作を実現する
Nano Cap™技術を磨く!
電源設計を刷新する程の大きな可能性を持つコア技術として確立したNano Cap™ですが、実はそこから製品として市場に登場するまでに、随分と時間と苦心を重ねなければなりませんでした。
岩田
「田古部さんからは、技術的な面から実際の使いこなしまで教えてもらいながら商品化に取り組みました。
本当に良い技術で、なんとか商品化せねばと思ったのですが、なかなかNano Cap™本来のポテンシャルを活かせず、非常にもどかしい日々が続いていました。」
商品開発部の中で苦戦を強いられている状況の中、LDO開発経験が豊富な猪上・岩田両氏が参入。さらに製品企画部も巻き込んでNano Cap™技術の可能性を最大活用できる製品企画を再度練り上げていくことになります。
当時の大きな開発課題とテーマは次のとおりです。2025年現在の数値/性能はさらに向上
● 商品群としてのラインアップ強化=(コンデンサMin.47nFのまま)電流能力×3倍※
● 周波数帯域を伸ばす=過度応答性×2倍※
● 安定的な量産体制の確保=素子ばらつき耐量のUP
岩田
「この商品化のプロジェクトに関しては、ぜひもっと本腰を入れてやりたい!と会社に直訴しまして、まずは組織変更して、部署が分かれていたチームを1つにしてもらいました。(その迅速さには驚きましたが!)
それでも次から次へと技術的なハードルが立ち現れるので、ホントにいろんな人を巻き込みましたね。」
苦笑しながら話す岩田氏の表情からは、長期間にわたる開発中に思わぬ負荷をかけてしまった同僚への申し訳けなさと同時に、難題にしっかりと応えてくれた手腕への感謝と誇りが入り混じっているようでした。
その粘り強い挑戦の先に「Nano Cap™技術搭載LDO」は製品として結実。お客さまから寄せられた予想以上の反響は、開発に携わったメンバー一人ひとりの努力に、確かな光を当てるものとなりました。
垂直統合型生産体制(IDM)だからこそアプローチできる多角的/総合的な技術開発こそが、ロームの真骨頂といえるだろう。
技術が人の思いをつなぐ
立石
「エンジニア同士って多少領域が違っても、<あ、これは本気でやるべき技術だな>というのは、手に取るように分かるものじゃないかなと思っています。
チームワークというよりは、<技術力が人の思いをつないでいる>といった側面が、ロームの良さかなと思っています。」
「Nano」=10億分の1という、とてつもなく小さな単位の世界。
その果てしなく微細な領域にこそ、人の想いと情熱が宿り、技術の進化が息づいています。時間をかけて試行錯誤を重ねながらも、目に見えないほど小さな改良を積み重ねることで、いつしか電源技術を前へと押し進めていく。
その静かで力強い歩みは、これからも次の世代へと受け継がれていきます。
誰かの小さなひらめきが、やがて世界を変えていく――Nano電源技術の物語は、これからも続いていきます。


山口
「<ロームさんの電源は2世代遅れているよ。>このお客さまの言葉からすべてが始まりました。」