Perspective  論文

48Vから1Vへ一気に変換ライングスタートでパルス幅9ns

山口 雄平
橋口 慎吾

※日経エレクトロニクス、2019年9月号 pp.95-104日経BPの了承を得て掲載。

ロームは、最小パルス幅が9nsと極めて狭いDC-DCコンバーター制御技術を開発した。「ナノ・パルス・コントロール技術」と呼ぶ。この技術を使えば、2MHzと高いスイッチング周波数でも、48Vの入力電圧を1V近辺の出力電圧に一気に変換できるようになる。制御に不可欠なコイル電流値を事前に入手する「フライングスタート」を導入することで、これまでは30nsだった最小パルス幅を約1/3の9nsまで狭くすることに成功した。

嵐の中に飛び込まない

そこで当社は、従来は120nsだった最小パルス幅を、20nsへと狭くする技術の開発に着手した。目標値を20nsに設定した理由は、従来の一般品の中で最小パルス幅が最も狭いものが30nsだったからだ。これよりも狭い最小パルス幅を実現し、業界最狭を目指すべく20nsに設定した。

技術開発ではまず、課題の整理に着手した。具体的には、「目指していること」と、「従来実行していたこと」を整理したのだ。目指していることは2つあった。1つは、コイル電流を高い精度で検出してフィードバック制御を実行すること。もう1つは、最小パルス幅を20nsまで狭くすることである。一方、従来実行していたことは、ノイズを小さくすることと、回路遅延を削減することの2つだった。

従来実行していた2つの方法は、決して間違いではなかっただろう。しかし、「目指していることを実現する唯一の方法だったのか」という点には疑問が残る。そこで当社は、目指していることを実現する方法の1つにしかすぎないと考えて発想の転換を試みた。

従来は、ノイズが原因なので、ノイズを抑えたい。しかも、オン時に発生する問題なので、オン時に解決しなければならない。そう考えていたのである。こうした対処方法は、いわば「嵐の中に飛び込んでいく作戦」と呼ぶことができるだろう。

しかし、この対処方法では、目指していることが実現できない。そうであれば、ノイズが発生するのは仕方ない。それを正面から解決するのはあきらめようと発想を転換させた。

フライングスタートを導入

それならば、どう対処すればいいのか。例えば、である。明日の天気予報を見て、午後の降水確率が100%であれば、朝は雨が降っていなくても間違いなく傘を持って出掛けるだろう。必ず発生するイベントが事前に分かっていれば、対処方法を事前に打てるはずだ。

コイル電流のノイズの問題も同様である。あらかじめノイズが発生することが分かっているので、ノイズがないところでコイル電流を検出すればいいだけの話である。

コイル電流を検出するタイミングの候補は、ノイズが発生する前の時間、もしくは後の時間の2つだけである。後の時間という選択肢は従来とまったく同じである。そこで今回は、ノイズが発生する前の時間にコイル電流を検出する方法を選んだ(図7)。

図7 コイル電流を検出する場所を変える
開発したナノ・パルス・コントロール技術では、ノイズが発生する前の時点で、コイル電流を検出する。

この方法だと、実際にコイル電流を検出するタイミングよりも前に、情報を入手する作業を始めていることになる。つまり「フライングスタート」を行っているわけだ。このため計算上は、スイッチがオンする30ns前から情報の入手作業を始めれば、回路遅延が従来通りの50nsだったとしても、最小パルス幅は−30ns+50ns=20nsまで狭くできることになる。つまり、目標を達成できる。

コイル電流の波形を作成する

ここで問題になるのは、ノイズが発生する前の時点で、本来必要とするコイル電流の情報を取得できるのかという点だ。

そこでまずは、電流モード制御方式の原点に立ち戻った。電流モード制御方式において、本来必要とするコイル電流の情報とは「コイル電流の変化分(ΔiL)」である。負荷電流の増減で出力電圧が変動すれば、その影響がコイル電流の変化分として現れるからだ。この変化分によって、PWM信号のパルス幅が決まる。

コイル電流の変化分(ΔiL)の情報を取得するには、コイル電流の波形が必要不可欠である。最適な波形を作成するには、2つの情報が必要になる。1つは、スイッチ素子がオンした時点のコイル電流情報(iL0)。もう1つは、スイッチ素子がオンしてからオフするまで増加し続けるコイル電流の傾きである。

スイッチ素子がオンした時点のコイル電流情報(iL0)は、前述の通り、ノイズが発生する前に取得する。その後、出力電圧が変動してコイル電流が変化すれば、スイッチ素子がオンした時点のコイル電流情報(iL0)が増減する。この増減分はコイル電流の変化分(ΔiL)の関数になる。次に、コイル電流の傾きについては、ある物理量を検出し、それを当社が開発した関係式に代入することで求めた。

このように、スイッチ素子がオンした時点のコイル電流情報(iL0)とコイル電流の傾きを取得できれば、コイル電流の波形を求められる。従って、電流モード制御方式の2つ目のフィードバック制御ループで、コイル電流の波形から求めた電圧値と、1つ目のフィードバック制御ループで求めた差分電圧を比較すればPWM信号をオフさせるタイミングを決定できる。

ただしこう説明すると、スイッチ素子がオンする前の過去の情報を元に「人工的」に作成したコイル電流の波形を使って、正常な電流帰還が掛かるかどうかを不安視する方もいるだろう。そうした声に対する答えが図8である。これはフィードバック制御ループの一巡伝達関数のボーデ線図である。−20dB/decの線形の応答特性が得られている。電流帰還が正常に掛かっていることが分かる。

図8 フィードバック制御ループの一巡伝達関数のボーデ線図
−20dB/decの線形の応答特性が得られた。

9nsと狭い最小パルス幅を実現

このように、フライングスタートは事実上可能である。つまり、ノイズが発生する前のタイミングで、本来必要とするコイル電流の情報を取得できるわけだ。

それでは、どの程度の時間のフライングが可能なのか。その時間を決めるのはオフ期間の長さである。DC-DCコンバーター回路では、ある程度の長さのオフ期間は確保しなければならい。そこで実際には、スイッチ素子がオンするタイミングの50nsぐらい前にフライングスタートし、30n〜40nsの期間でコイル電流をコンデンサーに蓄えている。

こうした設定を選択することで、当初の目標値だった20nsよりも狭い9nsという最小パルス幅を達成することに成功した。開発した技術は「ナノ・パルス・コントロール(Nano Pulse Control)」と名付けた。現時点(2019年7月)では、業界最狭の最小パルス幅である。

しかし、原理的に考えると、さらに狭くすることが可能である。実力的には6nsまでは狭くできる。しかし、現在の回路構成ではこれ以上狭くすることは難しい。パルス信号には、立ち上がりや降下といった物理的な時間が必要なためである。言い換えれば、6nsが「シリコン限界」だと言える。ナノ・パルス・コントロール技術を利用すれば、2.1MHzと高いスイッチング周波数において、48Vの入力電圧を1Vに一気に変換することが可能になる(図9)。技術的には48Vを0.8Vへ一気に変換することも可能だ。

図9 9nsと極めて狭い最小パルス幅を実現
2.1MHzと高いスイッチング周波数で、48V入力を1V出力に一気に変換できることを実験で確認した。測定した最小パルス幅は9nsだった。

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