クラウドサーバー不要、現場でリアルタイムの故障予知を実現する、
数10mW超低消費電力のオンデバイス学習AIチップを開発

※オンデバイス学習: 同一AIチップ上で学習を行うこと

<要旨>

ローム、AIチップのコンセプト

ローム株式会社(本社:京都市)は、IoT分野のエッジコンピュータ・エンドポイント*1に向けて、AI(人工知能)により、モーターやセンサなどを搭載する電子機器の故障予知(故障予兆検知)を超低消費電力かつリアルタイムで実現できるオンデバイス学習AIチップを開発しました。
一般的にAIチップでは、その機能を実現するために、判断する基準を設ける「学習」と、学習した情報から処理を判断する「推論」を行います。このとき「学習」は、膨大なデータを取り込みデータベース化し、随時更新する必要があるため、学習を行うAIチップには、高い演算能力が求められると同時に消費電力も大きくなります。このことから、クラウドコンピュータ向けに高性能で高価なAIチップが次々と開発される一方で、より効率的なIoT社会構築のカギとなるエッジコンピュータ・エンドポイント向けに省電力で現場学習できるAIチップの開発は困難でした。
今回開発したAIチップは、慶應義塾大学の松谷教授が開発した「オンデバイス学習アルゴリズム」をベースにロームが商用化に向け開発したAIアクセラレータ*2(AI専用ハードウェア演算回路)と、ロームの高効率8-bit CPU「tinyMicon MatisseCORE™(以降、Matisse)」を中心に構成されます。2万ゲートの超小型AIアクセラレータと、高効率CPUとの組み合わせにより、わずか数10mW(学習可能な従来AIチップ比で1000分の1)の超低消費電力で学習・推論が可能。クラウドサーバーとの連携なしに、機器が設置された現場で未知の入力データに対して「いつもと違う」を数値化して出力できるため、幅広い用途でリアルタイムの故障予知を実現することができます。
今後ロームは、本AIチップのAIアクセラレータを、モーターやセンサの故障予知のためにIC製品へ搭載することを予定しています。2023年度に製品化着手、2024年度に製品として量産予定です。また、本AIチップは、2022年10月に開催される「イノベーション・ジャパン2022」「CEATEC 2022」にて松谷教授の研究成果としても紹介される予定です。

慶應義塾大学 理工学部情報工学科 松谷 宏紀 教授
5G通信やデジタルツイン*3などIoT技術が進歩するにつれて、クラウドコンピューティングの進化も求められる一方で、全てのデータをクラウドサーバーで処理することは、負荷やコスト、消費電力の面から現実的ではありません。我々が研究する「オンデバイス学習」や、開発した「オンデバイス学習アルゴリズム」は、エッジ側での効率的なデータ処理を実現し、よりよいIoT社会を構築するためのものです。
今回ローム社は、弊学との共同研究で開発したオンデバイス学習の回路化技術をさらに発展させ、商用化に向けてコストパフォーマンスの良い形で製品化するまでの道筋を示してくれました。試作したAIチップが、近い将来同社のIC製品に搭載されて、より効率的なIoT社会実現に貢献することに期待しています。

各AIチップとロームのエンドポイント向けAIチップ 性能比較
クラウド型AIシステムと
エンドポイント型AIシステムの比較

tinyMicon タイニーマイコン Matisse マティス CORE コア ™について>

Matisseと一般的な小型CPUとの性能比較

tinyMicon MatisseCORE™(Matisse: Micro arithmetic unit for tiny size sequencer)は、IoT技術の進歩に伴って、アナログICのインテリジェンス化を目的に開発された、ローム独自の8-bitマイクロプロセッサ(CPU)です。組込み用途に最適化された命令セットと最新のコンパイラ技術により、コンパクトなチップ面積とプログラムコードサイズ、そして高速な演算処理を高い水準で実現しています。また、自動車の機能安全規格「ISO 26262」、ASIL-Dなどの高信頼製品用途にも対応することができます。加えて、搭載する独自の「リアルタイムデバッグ機能」により、デバッグ時の処理がアプリケーションのプログラム動作に一切影響を与えないため、アプリケーションを動作させながらデバッグすることが可能です。

<AIチップの詳細>

開発した試作オンデバイス学習AIチップ(開発品番:BD15035)は、AIのベースに慶應義塾大学の松谷教授が開発した「オンデバイス学習アルゴリズム(3層ニューラルネットワーク*4のAI回路)」を採用しています。そのAI回路を、ロームが商用化に向けて500万ゲートから2万ゲートに0.4%まで小型化して独自のAIアクセラレータ「AxlCORE-ODL」として再構築し、併せてロームの高効率8-bitマイクロプロセッサ「tinyMicon MatisseCORE™」でAIアクセラレータの演算制御を行うことで、わずか数10mWの超低消費電力でAIの学習・推論を可能にしています。これにより、クラウドサーバーとの連携や事前のAI学習なしに、機器が設置された現場で未知の入力データ・パターン(例:加速度、電流、照度、音声など)に対して「いつもと違う(異常度)」を数値化して出力することができるため、クラウドサーバーや通信のコストを抑えたうえで、現場AIによるリアルタイムの故障予知(故障予兆検知)を実現することができます。
なお、本AIチップ評価用に、マイコンボード「Arduino*5」用拡張基板を装着できる(Arduino互換の端子を備える)評価ボードを準備しています。評価ボード上に無線通信モジュール(Wi-FiとBluetooth®)や64kbit EEPROM(メモリ)を実装しており、この評価ボードにセンサなどのユニットを接続して、センサをモニター対象に取り付けることで、AIチップの効果をディスプレイ上で確認することができます。この評価ボードは、ロームの営業から貸し出ししています。ぜひお問い合わせください。

試作AIチップの詳細と評価ボード

<AIチップのデモ動画>

評価ボードを用いた本AIチップのデモ動画を用意しています。ぜひご覧ください。

<慶應義塾大学 松谷 宏紀 教授 プロフィール>

慶應義塾大学理工学部情報工学科専任講師、准教授を経て、2022年度より教授。計算機アーキテクチャ、機械学習、ビッグデータ基盤技術の研究に従事。エッジコンピューティングや人工知能分野の研究を行う。本研究は2017年度と2020年度に政府研究開発プロジェクトのJST CRESTに採択され、現在は2020年度採択の「オンデバイス学習技術の確立と社会実装」として進行中。

<用語説明>

*1) エッジコンピュータ・エンドポイント
ビッグデータの礎となるサーバーやコンピュータがクラウド(雲)と結びつくことで、クラウドサーバーやクラウドコンピュータと呼ばれるのに対して、エッジ(端)側となるエッジコンピュータは末端側のコンピュータもしくは機器を指す。エンドポイントはエッジコンピュータよりさらに末端の機器・地点を指す。
*2) AIアクセラレータ
AIの機能を実現する際、ソフトウェアによってプロセッサ(CPU)に処理させるところを、ハードウェアの処理にすることで処理速度を向上させる機器装置(もしくは電子回路)のこと。
*3) デジタルツイン
現実世界の情報を、まるで双子であるかのように、仮想空間(デジタル空間)で表現・再現する技術のこと
*4) 3層ニューラルネットワーク
人間の脳の仕組みから着想を得たニューラルネットワーク(数式・関数のモデル)において、入力層、中間層、出力層からなる処理フローのなかで、中間層を1層とした合計3層のみでシンプルに構成したもの。より複雑なAI処理を行うべく中間層を数十層まで多層化したものがディープラーニング(深層学習)である。
*5) Arduino(アルドゥイーノ)
Arduino社が提供する、マイコンと入出力ボードを有する基板、ソフトフェア開発環境から構成されるオープンソースのプラットフォームで、全世界に広く普及している。

・「tinyMicon MatisseCORE™」は、ローム株式会社の商標または登録商標です。
・Bluetoothは米国Bluetooth SIG, Inc.の商標または登録商標です。

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