データ活用社会は、電力大量消費社会でもある。サイバー空間のみならず、工場などリアルな場所からも大量のデータを吸い上げ、フル活用する時代が到来した。大量のデータは莫大な処理能力を持つデータセンターで、暮らしと産業を変える新たな価値を生み出している。データセンターの安定稼働には、大量の電力が必要だ。エネルギーマネジメントおよびオートメーションにおけるデジタルトランスフォーメーションのリーダーであり、安定的かつ効率的なデータセンター向け電力システムを提供するシュナイダーエレクトリックのVictor Avelar氏と、電源回路向け半導体を供給するロームのMing Su氏が、データセンター向け電力システムの行方について議論した。
Ming氏
豊かな暮らしや創造的なビジネス、社会課題の解決に向けてデータ活用が活発化しています。こうした中で、データセンターは、ますます重要な役割を果たすようになりました。ロームはシステムの高効率化に貢献する電源ICやパワーデバイスなどを供給する立場から、シュナイダーエレクトリックは電力インフラを提供・運営する立場から、データセンターの効率的で安定的な稼働を支えています。
Avelar氏
シュナイダーの中で、私はデータセンター・サイエンスセンターと呼ぶ部門を率いています。CTO直属の組織である同センターの役割は、将来のデータセンターの動向を見据えて、これから求められるデータセンター運用管理への影響や、その元になる要素技術のトレンドを見定めることです。さらに、現状のデータセンターで顕在化している課題と、その解決に向けた技術についても調査しています。そして、あるべき姿や現状をホワイトペーパーとしてまとめ、顧客がデータセンターに関する技術の選択や投資判断などの意思決定を行う際に利用してもらっています。私は、ディレクター兼シニアリサーチアナリストとして、データセンターの可用性と効率の最大化に向けた設計と運用に関わる技術動向の調査を担当しています。
例えば、UPS(無停電電源装置)のようなデータセンターを構成する多くのサブシステムのひとつをとっても、シュナイダーには深い技術的知見があります。しかし、データセンターにおいて、いかなる視点から適切なUPSを選択したらよいのか、一般には知られていません。それを顧客目線で解説することが私たちの役割です。
また、「トレードオフ・ツール」という、さまざまなデータセンター設計に関連するトレードオフを顧客がすぐに確認することができるWEBツールも提供しています。例えば、顧客はこのツールを利用してデータセンターに関するキャピタルコストを計算し、それが予算内に収まるかを確認することができます。
Ming氏
ロームは、ウエハの製造、回路設計、レイアウトからパッケージングまで、一貫して自社で行うことができる垂直統合型の開発体制を採る半導体メーカーです。半導体のあらゆる側面の技術を自在にハンドリングすることで、個々の顧客の要求にきめ細かく応えるデバイスやモジュール、システムを提供しています。
そして、グローバル市場のお客さまの要求に寄り添ったソリューションを提供していくための開発体制を持っています。日本の研究開発拠点だけではなく、ドイツには自動車業界や産業機器業界などの最先端の技術ニーズに応える研究開発拠点「パワー・ラボ」を、米国やアジアの主要地域には、お客さまが抱える課題の解決に取り組むサポート拠点があります。私が所属するROHM Semiconductor U.S.A.,LLCのミシガン事務所では、パワー半導体やセンサなど、データセンターの中で効果的に活用できる製品を数多く扱っています。
増大し続けるデータセンターの電力消費
Avelar氏
ネット上だけでなく、工場などでもデータが大量に生成される時代になり、データセンターは今、大きなチャレンジを迫られています。
例えば、自動車工場などではIndustry 4.0と呼ばれる製造ラインのIoT化を進めるために、工場の近隣にデータセンターを設置するようになりました。そして、生成されるデータが急増し、そこでの電力消費量が増大しています。5年前ならば1サーバー・ラック当たりの電力消費量は、2〜3kWでした。これが、現在では5〜6kWに膨れ上がっています。理由は、GPUのような多くの電力を消費する高性能チップを投入して大量のデータ処理を行うようになったからです。
データ処理に用いるGPUは、1個当たり300〜400Wの電力を消費します。データセンターでは大量のGPUを同時に動かしますから、これだけでも莫大な電力を消費します。加えて、サーバー・ラック内の基板上には、GPUを高密度実装するため、各チップの熱を逃し冷やす冷却システムでも多くの電力を消費しています。しかも、データセンターを停止することは許されません。サーバーの冷却は、絶えることなく続ける必要があります。こうした常時フル稼働状態を維持するためには、UPS(無停電電源装置)を用いた電力の安定供給が欠かせません。このUPS自体でも一定の電力を消費しています。
処理対象となるデータ量の増加はとどまることを知りません。発熱も増え続ける傾向にあります。今後は、冷却効率に優れた液冷システムの投入に期待が集まっており、さらなる消費電力の増大を招く可能性があります。
Ming氏
データセンターの電力消費増大に付随する課題の解決に向けて、ロームはデバイスレベルの技術革新で貢献する提案をしています。
ある調査によると、世界では年間400TWh(テラワット時)もの電力が消費されています。データセンターで消費する電力は増加する一方であり、この傾向が続くと世界の電力消費量の急増を招きかねない問題を確実に起こすことになります。ところが、実は、データセンターの消費電力のうち、IT関連の処理に使われているのは半分に過ぎません。多くのエネルギーが冷却や電力供給時の損失に費やされています。この部分は、有効な電力消費とは言えません。ロームは、まずここの無駄を削減することが重要だと考えています。
特に重要視しているのは、UPSでの電力損失の削減です。負荷に応じた電圧などの揺れがない高品質な電力を供給できる常時インバータ給電(オンライン)方式のUPSでは、安定供給が可能なダブルコンバージョン(電力変換を2回行う)技術が広く採用されています。この方式ならば確かに高品質の電力を安定供給できますが、変換回数が多い分、電力損失が非常に大きい欠点があります。既存のSiベースのパワー半導体で変換回路を構成したUPSでは、変換効率が95%に達することは稀です。特に、軽負荷状態の効率はさらに低下します。
ロームでは、Siベースに替えて、新材料のSiC(シリコン・カーバイド)をベースにしたパワー半導体の適用を提案しています。現在スイッチング素子として利用しているSiベースのIGBTをSiCベースのデバイスに替えることで、UPSの効率が98%へと劇的に向上させることができます。しかも、20〜30%の軽負荷状態になるまで、この高効率を維持します。
電力システムの安定性と効率性を両立させてデータ量の増大に挑む
Avelar氏
SiCベースのパワー半導体は、データセンターのカーボン・フットプリント(CO2など温室効果ガスの排出量)を削減するテクノロジーの一つとして、シュナイダーエレクトリックも注目しています。私たちは、エネルギー効率の最大化を図り、サステナブルなデータセンターのあり方を求めています。当然、顧客企業にとっては、増え続けるデータに合わせてデータセンターを安定稼働させることが最重要課題になります。しかし、データ活用を継続して高度化させていくためには、エネルギーの高効率化を実現するソリューションを合わせて投入していく必要があります。半導体デバイスのレベルから電力システムのレベルに至る様々なテクノロジーを駆使して、効率性と安定性の両立を目指す必要があると感じています。
Ming氏
SiCは、UPSのような産業機器だけではなく、PV(太陽光発電)、EV(電気自動車)関連などで既に活発に活用されている、業界注目の高性能素材です。これら応用のうち特にEVは、世界的規模で進行する「EVシフト」の潮流から、大量の需要が見込めます。EV向けで本格的な大量生産体制が整い、量産効果が出てくれば、他業界での応用のハードルは下がることでしょう。データセンター向けでもSiCパワー半導体の採用が加速し、UPSでの導電損失を劇的に削減する効果と同時に、スイッチング速度を速めてシステム全体をコンパクトにしてスペース節約を実現する効果が期待できます。
ロームは、SiC MOSFETを2010年に世界で最初に量産開始した、SiCパワー半導体のリーディングカンパニーです。他社に先駆けて採用したトレンチゲート構造のSiC MOSFETは、既に600V〜1200V耐圧の製品を投入済みです。UPSだけでなく、幅広い市場の需要に応えるはずです。ロームは、需要増に応える供給体制を整えるため、SiCパワー半導体の工場に2018年から2023年に掛けて累計600億円を投資し、生産能力を2018年比で16倍に高めます。
センサを駆使した予知保全、ラック給電電圧の48V化に注目
Avelar氏
シュナイダーエレクトリックは、「EcoStruxure」というIoTプラットフォームをもっています。EcoStruxureは、「ビル」、「データセンター」、「工場・プラント」、「公共インフラ」向けのソリューションであり、これらを相互連携して運用可能なアーキテクチャーです。「EcoStruxure for Data Centers」では、データセンターの運用効率化を支援しています。EcoStruxure for Data Centersは、私たちの製品の多くをつなげ、データセンターを運用効率化だけでなく可用性の観点からも管理・制御するプラットフォームです。
UPSにはセンサを組み込むわけですが、センサ価格が低下したことで、現在では多種のセンサを数多く利用できるようになりました。それにより、バッテリー、電圧、電流、振動、rpm(毎分回転数)などあらゆるものがモニター可能となり、いずれは機械学習やAIによって、故障が発生する前に予兆を察知できる時代がやってきます。そうすれば、顧客企業のエンジニアが故障の原因を探し回る必要がなくなります。その上、AR(拡張現実)を使って、修理の方法をこちらから伝えるといったこともできるようになるでしょう。
また、データセンターの電力効率化に関連して、システム電源の48V化も注目しています。最初に提言したのはGoogleですが、サーバーなどのハードウエアの設計図や仕様のオープンソース化を推進する非営利組織であるOpen Compute Project (以下OCP) が、2019年9月に開催した地域サミットの場で、標準仕様である「OpenRack V3」の供給電圧を12Vから48Vに変更しました。これによって、ラックへの給電電圧の48V化が確実になりました。
Ming氏
ロームは、サーバーのシステム電源の48V化に対応する降圧DCDCコンバータICを発表しています。独自開発したNanoPulseControlTM技術では、スイッチング時のノイズ発生を抑えて幅9nsの高速パルス駆動を可能にすることで、24対1と極めて高い降圧比を達成しています。この技術を利用することで、48Vの直流電源をプロセッサーなどの駆動電圧である2.5Vまで、一度で安定的に低電圧化できる画期的なDCDCコンバータICが実現しました。これをサーバー用電源システムに応用すれば、ラックや基板の省スペース化と回路構成を簡略化できる可能性があります。
エッジ・コンピューティングが変えるデータセンターの姿
Avelar氏
現在の情報システムに見られるもうひとつの大きなトレンドはエッジ・コンピューティングです。多くのデータセンター関係者は、これからのデータセンターに求められる処理能力、規模と配置場所を大きく左右する要因となるため、この動きに注目しています。今や、レイテンシー(遅延)の短縮や帯域幅利用のコスト削減を実現するため、AR(拡張現実)、自動運転車、遠隔医療、小売業界など、様々なアプリケーションでエッジでの処理が求められています。
Ming氏
マイクロデータセンターは、1つひとつの処理量は通常のデータセンターよりも少なそうですが、たくさんのマイクロデータセンターを分散配置することになるわけです。これまでとは異なる、新たな発想の技術が必要になりそうですね。
Avelar氏
そのとおりです。シュナイダーにとっては、エッジでの電力供給と冷却はどう行われるべきか、保守をどのように行うべきかが技術的な課題になります。
エッジ・コンピューティングは、IT環境内で行われることもあれば、商業施設や工場施設、あるいは砂漠、油田など過酷な自然環境で実現しなければならない場合もあるのです。また、マイクロデータセンター向けの新たな電力効率化の手段も考える必要があります。さらに、保守体制にも新たな発想が求められます。マイクロデータセンターは、IT担当者が不在であることを前提として設計する必要があるからです。電力供給の状態を遠隔地からモニターすることが前提となるでしょう。シュナイダーでは、何千カ所ものデータセンターを一括管理することを想定し、クラウド・プラットフォームであるEcoStruxureを通じて一括管理できる仕組みを提供しています。
Ming氏
電源システムにも、新たなニーズが生まれそうです。まず、小さくても止まることが許されないデータセンターですから、高品質の電力を安定供給できる必要があります。加えて、効率的で、場所を取らないものが求められるでしょう。従って、エッジ側でのUPSソリューションにも電力変換効率に優れた半導体技術が必要となります。
Avelar氏
ここでも、SiCは注目ですね。また、マイクロデータセンターでの冷却も大きな問題です。現在は直接膨張方式の冷却システムか、それがなければ家庭用の空調を使っています。いずれも電力消費量が非常に高いことが悩みの種です。マイクロデータセンターでのカーボン・フットプリントを減らすには、ここでも液冷システムが代替案として浮上してきます。
次世代データセンターに投入する技術には環境保全の視点が必須
Ming氏
SiCにわれわれが期待をかけている理由は、電力変換時の損失削減が、発熱も抑える効果ももたらす点にあります。データセンターでは、冷却システムでも莫大な電力を消費している状況ですから、発熱を低減させることで劇的な電力削減が期待できます。また、冷却用部材を簡素化してサーバーを小型化することが可能になり、面積当たりの設置台数を増やして投資対効果を高めることができます。
Avelar氏
半導体分野だけでなく、IT分野のエンジニアにも、そうしたところに力を注いで欲しいと思います。同じ機能をプログラムするにしても、雑に具体化したコードもあれば、カーボン・フットプリントを意識した賢明なコードもあります。スマートフォンのソフトウエアは、最小限の電力で動くように非常に効率的にプログラムが書かれています。SiCもそうですが、少ない資源で多くのことを達成するようなアプローチが、これからは求められます。
今後も増え続ける一方のデータを、効果的かつ効率的に利用しなければなりません。データセンターの可用性を高めるだけでなく、効率的な運用を目指すシュナイダーにとって、サステイナビリティーは大きな目標です。私たちは、データセンターを超えた電力管理でそれを実現したいと考えています。
Ming氏
現在は、とかく増え続けるデータに対応する処理能力を、いかに用意するかだけに目が行きがちです。しかし、処理能力の増強には、それに見合った電力の安定供給とエネルギーのさらなる効率化が欠かせないことを忘れてはなりません。いまでは、どこからでも映画をダウンロードできる時代になりましたが、そんなちょっとした利便性の向上の背後で、どれだけの電力が消費されているのかに思いが及ぶ人は少ないと思います。豊かな生活や社会の発展を実現するためには、それらを持続可能にする仕組み作りを合わせて用意する必要があります。国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)に取り組むロームは、電力システムを効率化する半導体の提供を通じて、持続可能な世界の実現に貢献したいと考えています。
一瞬も止められないデータセンター
その高エネルギー効率での安定稼働に貢献
豊かな暮らしを実現し、多くの社会問題を解決するため、データセンターは必要不可欠な存在となりました。いまや、一瞬たりとも止められない現代社会の心臓だと言えます。今後もその重要性は高まる一方で、処理能力をさらに向上させ続けていくことでしょう。その一方で、消費電力が増大し、それが逆に社会問題の要因となるジレンマを抱えています。
ロームでは、無停電電源装置(UPS)の中核であるインバータ、コンバータでの電力損失を大幅に低減可能な1200V、400A/600A定格のフルSiCパワーモジュール「BSM400D12P3G002」「BSM600D12P3G001」を提供。データセンターの安定稼働と電力消費の最小化の両立に貢献します。
同モジュールでは、独自内部構造の採用と放熱設計の最適化によってパッケージを刷新し、データセンター向けの大容量電源に適用可能な600A定格を実現しました。パワーモジュールを大電流定格化するためには、スイッチング動作時のサージ電圧の増大に対応してパッケージ内部のインダクタンスを低減する必要があります。ロームは、内蔵するSiCデバイスの配置や内部パターン、端子構造を最適化し、内部インダクタンスを約23%削減することに成功しました。また、モジュールの放熱性に大きく貢献するベースプレート部分の平坦性を向上させることで、冷却機構との間の熱抵抗を57%削減しました。
モジュール内には、ローム製のSiC-MOSFETとSiCショットキーバリアダイオード(SBD)を搭載しています。これによって、一般的な同等電流定格のIGBTモジュールと比較してスイッチング損失を64%低減(チップ温度150℃時)しました。さらに、SiCの特長を生かして高周波動作させることで周辺部品の小型化が可能になります。加えて、動作時の発熱が低減するため、冷却システムが小型化。20kHz駆動時を想定した場合のヒートシンクのサイズを88%小型化できます。これらの効果から、UPSのコンパクト化を後押しします。
データセンターの無停電電源装置(UPS)の低電力損失化に貢献する1200V、400A/600A定格フルSiCパワーモジュール(左)モジュール外観、(右)同等電流定格のIGBTモジュールとのスイッチング損失の比較