ソーシャル・デバイスSpecial対談

SiCパワーデバイス大量活用時代が到来安定供給の準備は着々、性能もさらに向上

電気自動車や太陽光発電、産業機器用電源などの電力効率を劇的に向上させるSiCパワーデバイスが、いよいよ本格的な普及期を迎えつつある。SiC研究の世界的な権威である京都大学 工学研究科 電子工学専攻 教授の木本恒暢氏と、SiCパワーデバイスの技術開発と事業の両面で世界をリードするローム パワーデバイス生産本部 統括部長の伊野和英が、高まるSiCパワーデバイスへの期待にいかに応えるか、そして今後どのように進化させていくのか議論した。

伊野

2010年にロームが世界で初めてSiC MOSFETを量産してから8年が経過しました。以前は、お客様から「SiCによって、どの位の性能が出るのか」といった技術の価値を問うお問い合わせが中心でした。これが近年では、「価格はいくらですか」とか「どの位の生産能力を持っていますか」といった活用を前提とした問い合わせが中心になりました。パワーエレクトロニクス分野の応用を考える技術者に、SiCパワーデバイスの優れた特性が広く認知されたことを実感しています。

木本氏

そうですね。1990年からSiCの研究に携わってきた身からすれば、隔世の感があります。インバータにSiCパワーデバイスを使った電車が、地下鉄や東京の山手線、大阪の環状線などを走るようになりました。消費電力を30%削減するといった劇的な効果を身近なところで活かす日が、これほど早くやってくるとは予想していませんでした。また、SiCデバイスで電源を安定させて高音質のオーディオアンプを作るといった、思ってもみなかった応用も出てきました。そんな身近なところにもSiCの応用があったのかと驚いています。

SiCパワーデバイスの大量活用時代が到来

伊野

SiCの潜在能力は極めて高く、その応用範囲も長年技術開発をしてきた私たちが想定しているよりはるかに広いようです。そして、いよいよ本格的な採用が始まりつつあることを肌で感じ、私たちの期待感と使命感は高まっています。

太陽光発電のパワーコンディショナ、EV充電ステーション、サーバ電源でのSiCパワーデバイスの採用例も増えています。また、いよいよ電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車の車載充電器やモーター駆動用インバータへの搭載も始まりました。これからは、様々な産業機器の電源などでも活用が進むことでしょう。最近では、空飛ぶタクシーや飛行機の電動化も話題に上るようになりましたが、軽量化と効率的な大出力が求められるこうした応用は、まさにSiCの特長が生きる応用だと思います。

木本氏

自動車への応用の本格化は、本当に楽しみです。欧州では、エンジン車からEVへの移行を国が主導して進める動きが出始めています。また欧州のみならず、自動車の世界一の市場である中国でもEV市場が急拡大するとみられています。SiCパワーデバイスは、電力損失の劇的削減と充電器やインバータの小型・軽量化の実現を通じて、こうした動きを後押しすることでしょう。SiCパワーデバイスの需要は、急激に高まりそうな気配です。

伊野

自動車への応用に向けて、私たちも地道に準備をしてきました。2010年の量産開始前からサンプル提供を開始して、自動車関連企業から改善すべき点のフィードバックをもらい、製品をブラッシュアップしてきました。EVの場合、SiCパワーデバイスを搭載して車載電力システムの効率が向上すれば、同じ電池容量でより長い距離を走ることができます。逆に、同じ航続距離を実現する際、高価な電池を減らして低コスト化することもできるでしょう。自動車向けはコスト面での要求が厳しい市場ではありますが、EVの価値を高めるために必ず貢献できると考えています。

SiCの潜在能力をとことん引き出す

木本氏

SiCパワーデバイスに対する期待感は高まる一方ですが、その潜在能力を最大限まで引き出すには準備が必要ではないでしょうか。デバイスの使い手は、既存のシリコンデバイスからSiCデバイスへと単純に入れ替えるだけで、そのまま完璧に動くものと考えがちです。しかし実際には、回路を構成する周辺電子部品や設計環境はすべてシリコンデバイス向けであり、回路設計者の知見とスキルもシリコンデバイスの活用を前提に養われていると思います。

SiCパワーデバイスはシリコンデバイスよりも低損失で高速動作が可能なのですが、その潜在能力を最大限まで活かし切るためには相応の工夫が必要です。高速なスイッチング速度を生かす回路の開発や、モジュールの基板などの寄生インダクタンスの削減などが欠かせません。また、高温動作が可能な特長を活かすには、周辺の基板やパッケージにも高温に耐えるものを利用する必要があります。

伊野

確かに、SiCパワーデバイスを提供し始めた当初は、既存のシリコンデバイスを単純に置き換えるような使い方が中心でした。それでも、ほぼすべてのケースで回路の性能を向上できていました。ただし、想定よりも性能向上幅が小さいケースがあったことは事実です。ご指摘のように、潜在能力を十分引き出すための利用技術が未成熟だったからです。

ただし、量産開始から8年経って、お客様側での効果的な利用技術の蓄積が進んできました。私たちも、そうした効果的活用を後押しするため、評価用ボードやシミュレーション用モデルなどを用意してきました。いまでは、SiCデバイスの潜在能力を引き出す回路設計を前提にして、電力システムの高効率化や小型・軽量化の効果を最大限まで追求するお客様が増えています。

SiCパワーデバイス

効果的なSiC活用に向けて、
ロームはお客様と共に成長する

木本氏

SiCユーザーが、実際に使って効果を実感し、他社と差異化するために本腰を入れて工夫し始めたということですね。今後、SiCパワーデバイス自体も性能が高まってくることでしょう。同時に利用技術もますます進化して、正のスパイラルを描いて活用効果が高まっていきそうですね。

伊野

新しいデバイスを利用してもらうためには、使い手が利用しやすいサポート環境の整備が欠かせません。これは、先進的デバイスを市場に投入するメーカーの責務だと考えています。ロームでは様々な施策を取ってきましたが、まだまだ改善する余地が残っていると思います。SiC本来の性能をさらに引き出す技術の提供や環境の整備を継続していきます。

デバイス技術とアプリケーション技術が両輪となって進化していく際には、デバイスメーカーがどれだけお客様に寄り添い、一緒に育っていけるかが重要になることでしょう。ロームは、歴史的にカスタム対応が得意です。その強みを生かしながら、デバイスとアプリケーション環境を進化させていきます。

垂直統合型生産体制の強みはSiCでこそ活きる

木本氏

応用市場が成長するうえでは、より生産性の高い量産技術の確立も求められるのではないでしょうか。私は、最も重要な課題はSiCウエハの結晶品質の向上と生産体制の拡充だと考えています。

生産体制の拡充に関しては、現時点でウエハメーカー各社の設備投資に対する判断は保守的で、ウエハが手に入らない、また価格が下がりにくい状況になってきていると聞いています。いま高く売れているからといって、現在のウエハの生産方法をそのまま踏襲した装置を並べて増産するのでは、将来の爆発的な需要増に応えられないのではないでしょうか。

ウエハのコストをシリコン並にするには、効率よく、短時間で、より大口径のインゴットを作り、短時間に高品質の薄膜を形成していくための技術にブレークスルーが必要だと感じています。こうした投資判断や技術開発を推し進めるためには、デバイスメーカーとウエハメーカーが心を1つにして市場育成に取り組む必要があるでしょう。

伊野

ロームは、SiCもシリコンもウエハ・インゴットの引き上げから自社で行っている垂直統合型生産体制を取っています。このため、ウエハの安定調達ができます。さらに、デバイスを作った時に生じた問題が、ウエハ内のどのような結晶欠陥に起因しているのかを解析し、ウエハ生産の段階までさかのぼって対策することもできます。逆に、ウエハの結晶欠陥の中にはデバイスの動作に悪さをしないものもありますから、こうした結晶欠陥は無視することで技術開発の無駄もなくなります。この点は、他社にはない私たちの強みです。

木本氏

デバイスの不良につながる欠陥は、ウエハの段階であるものもあれば、薄膜形成の段階やデバイス形成の段階で発生するものもあります。デバイスの不良を解析した結果、ウエハの生産時に生じる欠陥に対策を施さなければならない場合も多々あると思われます。この点は、極めて高い品質のウエハが調達できるシリコンデバイスと決定的に違う部分です。SiCウエハを外部調達している状態では、企業間をまたがる対策を迅速に進めることが困難になってしまいます。対策すべきポイント全てを自社でコントロールできれば、適切な工程で効果的な対策を取ることができそうですね。

伊野

需要の急激な拡大への備えにも既に手を打っており、先行的設備投資も進めています。SiCデバイスの領域に2025年までに600億円を投資することで、生産能力を2017年比で16倍に急拡大させる予定です。驚くほどの増産に聞こえるかもしれませんが、自動車で本格利用されるようになれば、すぐにフル稼働が求められる状態になると考えています。

これからの需要増には、設備増強と大口径化の両面を推し進めないと対応できません。2020年にはSiCデバイスの主力工場を置く福岡県筑後市に、ロームとしては12年ぶりの国内新工場となるSiC用新棟を建設します。ロームでは2017年から6インチウエハでの生産を開始しています。新工場では、さらなる大口径化への布石を打っています。あらかじめ8インチ対応の装置を導入しておくことで、いつでも8インチウエハでの量産に切り替えることができる準備をしておきます。

SiCパワーデバイスの生産能力の強化を図るためローム・アポロ株式会社 筑後工場(福岡県)に新棟を建設

SiCデバイスの性能にはまだまだ伸び代がある

木本氏

SiCパワーデバイス、特にMOSFETはまだまだ性能面での伸び代があると考えています。ダイオードに関しては理論限界に近い性能が実現していると思います。しかしMOSFETについては、現在のデバイスの性能はまだ3合目か4合目に達したにすぎません。MOS構造を構成している半導体と酸化膜の界面に欠陥が多く、デバイス構造を工夫することによって無理して使わざるを得ない状況だからです。界面欠陥の問題を解決できれば、もっと楽にデバイスを設計できて、性能も信頼性も高くなることでしょう。

この点についての解決指針を示すのは、大学の責任だと考えています。これまでは、様々な生産条件を試して欠陥を減らす条件を見つける研究を何十年も続けてきました。これからは、もっと学理を探求し、計算科学も利用して、界面で起きている現象を原子レベルで解明して対策を考える時期にきていると感じています。

伊野

SiCパワーデバイスの進化は始まったばかりです。これからも、ウエハの品質向上やデバイス構造の刷新を継続的に推し進めて、性能向上させていきます。2019年には、第4世代のSiC MOSFETを投入します。前世代に比べて、オン抵抗を下げることで性能を2倍に高めるべく開発を進めています。ロームでは、3年もしくは4年ごとに新世代のデバイスを投入する予定です。あと1世代はデバイス構造の改善によるオン抵抗の引き下げが可能かもしれません。ただし、それ以降は界面欠陥を減らして移動度を高める方向での刷新が必要になるとみています。そのためには、大学の研究成果の活用がとても重要になり、大学での研究の進展にとても期待しています。

シリコンでは手が出せなかった応用を拓く

木本氏

SiCにはシリコンにはない優れた物性がたくさんあります。こうしたSiC固有の特長を活用することで、シリコン半導体では開拓できなかった応用を生み出すことができると考えています。

伊野

私たちは、SiCデバイスのさらなる可能性を追求するため、シリコンでは実用化されていない10kVを超える超高電圧対応のパワーデバイスの開発にも興味を持っています。

木本氏

6kV、10kVの領域は、そこにどのような固有の応用市場があるのか、現時点で明確に見えているわけではありません。しかし、これまで低耐圧のデバイスを数多く直列につながないと対応できなかった用途が、たった1個のSiCデバイスで対応できる可能性があり、パワーエレクトロニクスの発展に確実に役立つことでしょう。

今まで、機械的なスイッチや大きくて重いトランスなどで制御していた大電力の電力設備が、一気に半導体化する可能性があります。これによって、ネットワークを介した電力網の精緻な制御が可能になり、社会のインフラを一変させるほどのインパクトを生み出すかもしれません。

また、SiCのユニークな物性を活用して、パワーデバイス以外の応用を拓くこともできると考えています。いまでは知っている人は少なくなってしまいましたが、パワーデバイス向け材料として注目されるより前に、青色発光ダイオードの材料候補としてSiCが盛んに研究されていました。これから驚くような新応用が見つかるかもしれません。

伊野

そうした、未開拓の応用には大学の発想力が欠かせません。

木本氏

大学で考えた様々なアイデアを、企業と共に磨き、迅速に活用してもらえるような密な連携をしていきたいものですね。

SiCの研究者にとって、現在はとてもおもしろいフェーズの中にあります。学理の追求によって、実用デバイスが抱える課題の解決が進み、さらには新しい応用が拓かれ、社会への貢献が目に見える状況なのです。研究から生まれたアイデアが、強力な特許になる可能性もあるでしょう。新鮮な発想を持つ多くの若手の研究者に、研究に参加して欲しいと願っています。

伊野

SiCパワーデバイスの新しい応用もどんどん広げていきたいですね。今まで、できなかったことをSiCで解決していくアイデアがあれば、ぜひ私たちに聞かせていただければと願っています。ロームは、そうした未来を開こうとする開拓者の期待に応えるデバイスを懸命に作っていきたいと思っています。

高温高湿度環境に置く高電圧システムの省エネ化に貢献

自動車や産業機器において、省エネ効果の高いSiCデバイスの採用が進んでいます。ロームでは、屋外発電システムなど産業機器用の電源のインバータ、コンバータに向けた1700V 250A定格保証のフルSiCパワーモジュール「BSM250D17P2E004」を開発しました。高温高湿度環境下に置かれた直流1000Vクラスのアプリケーションの省エネ化を、高い信頼性を確保しながら実現します。

これまでSiCデバイスは、1200V耐圧品を中心に採用が進んできました。ただし、応用機器が高機能化するにつれてシステムの高電圧化が進み、1700V耐圧品の需要が高まっています。ところが、1700V耐圧のSiCデバイスは信頼性の観点から商品化が困難であり、シリコンIGBTしか選択肢がありませんでした。

ロームは、新しいコーティング材料と新工法を導入した新モジュールを開発し、絶縁破壊を防ぎ、リーク電流の増加を抑えることに成功しました。これによって、高温高湿バイアス試験(HV-H3TRB)において1000時間を超えても絶縁破壊を起こさない高い信頼性を実現。この新モジュールをBSM250D17P2E004に採用することで、高温高湿度環境下でも安全に1700V耐圧のSiCデバイスを活用できるようになりました。85℃/85%の高温高湿環境で1360Vを1000時間以上印加した場合でも故障しないことを確認しています。

モジュール内にはローム製SiC MOSFETおよびSiC ショットキーバリアダイオード(SBD)が搭載されており、モジュールの内部構造とデバイス配置を最適化することで、同等クラスのSiC製品に比べて10%優れたオン抵抗性能を達成しています。アプリケーションの省エネ化にも貢献します。

これからもロームは、SiCデバイスの高い省エネ効果を、より多くのアプリケーションで活用していくためのソリューションを提供していきます。

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※内容、登壇者の肩書きは取材当時のものです