インタビューELEKTRONIK PRAXIS 掲載
2025年1月27日
ロームが第4世代IGBTを製品化SiCだけでなくIGBTにも注力する理由
※ 内容、登壇者の肩書は取材当時のものです(2025年1⽉)
―――「ロームと言えばSiCパワー・デバイス」。このイメージを持つエンジニアが多い。そうした中で、なぜSi材料を使うパワー半導体である絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ(IGBT:Insulated Gate Bipolar Transistor)の開発/製造も手掛けているのか?
図1 ロームのパワー・デバイス
―――IGBTは1980年代に実用化された歴史があるパワー・デバイスである。ロームはIGBTのビジネスにいつ着手したのか?
石松
当社におけるIGBTの歴史はそこまで深くありません。IGBTの開発に着手したのは2010年のことです(図2)。2012年に当社の宮崎工場(現在はラピスセミコンダクタの宮崎工場)で生産を始め、2016年には滋賀工場でも生産を開始しました。常に、IGBTの改良に精力的に取り組んでおり、2024年11月には当社の第4世代に当たるIGBTの製品化を発表しました。
図2 IGBTの開発の歴史
―――SiCパワーMOSFETとIGBTは、市場でどのようにすみ分けると想定しているのか?
石松
SiCパワーMOSFETは決して安価ではりませんが、それでも採用が進んでいるのは高い価格対性能比(コスト・パフォーマンス)が高く評価されているからです。どのような顧客(ユーザー)が評価しているのか。それは「モビリティ」の分野の顧客(ユーザー)です。
例えば、電気自動車(EV)に搭載するインバータやDC-DCコンバータなどの電源回路にSiCパワーMOSFETを適用すれば、体積を小型化できる上に、変換効率が向上するために航続距離を延ばせたり、電池容量を減らせるようになります。モビリティ用途にとって、こうしたメリットはとても価値が高い。現在、モビリティ用途でSiCパワーMOSFETの採用が伸びているということは、このメリットが得られるのなら価格上昇分を支払う価値は十分にあると判断しているのでしょう。
その一方でIGBTを必要とするアプリケーションは何なのか?産業機器などのモビリティ分野ではないモータ搭載機器です。そもそもモータ搭載機器は、SiCパワーMOSFETを採用したところであまり小型化できません。もちろん電力効率の向上は期待できますが、モータ自体はL(インダクタンス)やC(キャパシタンス)で構成されているわけではないので小型化はできない。このためモータ搭載機器でも、IGBTに分があると考えています。
第4世代IGBTを製品化
―――2024年11月に第4世代IGBTを製品化したが、この製品の特長は何か?
石松
これまでIGBTは、大きく2つの技術を進化させることで性能を改善してきました。2つの技術とは、Siウエハの薄型化とトレンチ・ゲートの微細化(狭ピッチ化)です(図3)。第4世代IGBTでは、これをさらに進化させました。
図3 世代ごとのデバイス構造
まずは1200V耐圧のIGBT「RGAシリーズ」を開発しました。車載用途向けの信頼性規格「AEC-Q101」に準拠しており、車載向けの電動コンプレッサやHVヒータ(PTCヒータ)、産業機器向けインバータなどで使えます。特長は、電力損失を大幅に抑えられる点にあります。例えば3相インバータに適用すれば、当社従来品を使った場合に比べて電力損失を約35%減らせます(図4)。競合他社の一般品と比べても、約24%の損失低減が可能です。さらに短絡耐量が10μsと大きく、業界トップクラスを実現しました。
なおRGAシリーズは、650V耐圧品の製品化も予定しており、2025年3月末までに市場に投入する予定です。
図4 第4世代IGBTの損失削減効果
―――このほか第4世代のIGBTでは、どのようなアプリケーションに向けた製品を用意しているのか?
石松
ターゲットとなるアプリケーションが異なるシリーズを製品化する予定です(図5)。具体的には、産業機器のインバータやモータの駆動に向けた650V耐圧IGBT「RGEシリーズ」、車載向けオンボード充電器や太陽光発電用インバータ、民生用エアコンなどに向けた650V/1200V耐圧IGBT「RGHシリーズ」、太陽発電用インバータや民生エアコン、無停電電源装置(UPS)などに向けた600V耐圧IGBT「RGHLシリーズ」などです。いずれも2025年中に製品化する計画を立てています。
図5 IGBTの製品ラインアップ(出典:ローム)
アプリに合わせた複数シリーズ投入へ
―――第4世代のこれらの製品は、IGBTの特性としては何が違うのか?
石松
IGBTは、アプリケーションによって求められる特性が異なります(図6)。例えばカー・エアコンの電動コンプレッサなどの用途では短絡耐量が重視されます。短絡耐量が短いと、短絡電流を検出しても、それを遮断する動作が間に合わず、IGBTが壊れてしまうという事態が起こり得るからです。そこで長い短絡耐量が求められます。具体的には、電流遮断回路の設計に依存しますが、短くても6μs程度の短絡耐量が求められケースが多い。場合によっては、8μsや10μsが求められることも少なくありません。
一方で、EVのオンボード充電器や、太陽光発電用インバータ、民生用エアコンの電源などのアプリケーションでは、スイッチング損失(スイッチング周波数)が重要視されます。スイッチング周波数を高めれば、インバータなどの電源回路の外形寸法を小型化できるからです。
図6 IGBTの製品ロードマップ
―――オンボード充電器などの電源回路におけるスイッチング周波数は、どの程度なのか?
石松
オンボード充電器などの電源回路では約70kHzで使われるケースが多いようです。カー・エアコンなどでは20kHz、民生用エアコンであれば5kHzが一般的でしょう。
―――スイッチング周波数(スイッチング損失)と短絡耐量の両方を同時に改善できないのか?
石松
IGBTでは、スイッチング周波数(スイッチング損失)、短絡耐量、コレクタ-エミッタ間飽和電圧(VCE(Sat))という3つの特性がトレードオフの関係にあります。つまり、どれか1つの特性を高めると、ほかの特性が低下してしまう。従って、アプリケーションに合わせて、これらの特性をバランス良く最適化しなければなりません。実際のところ、第4世代IGBTの各製品シリーズは、適用する基本技術は同じですが、プロセス条件を微調整することで、この3つの特性のバランスを取りながら最適化しています。
IGBTモジュールでSemikron Danfossと協業
―――ロームは、IGBTの駆動に使うゲート・ドライバICの開発や製品化も手掛けている。これはIGBT事業を展開する上で差別化の要素になるのか?
石松
IGBTとそのゲート・ドライバICを手掛けていることのメリットはとても大きいと考えています。なぜならば、ユーザー(顧客)に対して一番良い使い方やソリューションを提案できるからです。IGBTと一口に言っても、各製品の最適な駆動方法は違います。入力容量などの特性が違うためです。駆動を誤れば、電力損失やノイズなどを最小限に抑えられない。当社は、ゲート・ドライバICを製品として持っているので、これらを抑えられる駆動方法をサポートすることが可能です。
ゲート・ドライバICも手掛けていることは、IPM(インテリジェント・パワー・モジュール)に対しても大きなメリットになります。IPMは、IGBTチップとゲート・ドライバ・チップを1つのモジュールに収めたものです。当社のIPMでは、IGBTに最適なゲート・ドライバを設計して内蔵しています。このため電力損失の低減やノイズを抑えることが可能です。
また、ゲート・ドライバの工夫だけでは、電力損失やノイズ、サージを抑えられないケースもあります。その場合は、ゲート・ドライバに合わせてIGBTのプロセス条件を微調整するといったことも可能です。実際に、IGBTとゲート・ドライバの設計担当者が密にコミュニケーションをとることで良い相乗効果が得られています。
―――IGBTモジュールとは何か?
石松
IGBTモジュールとは、複数のIGBTチップを1つに収めたモジュールです。モータ駆動機器やインバータ、電源装置などで盛んに採用されています。例えば、3相モータの上アームと下アームを構成するIGBTとブレーキ用IGBTを内蔵した「7in1モジュール」などです。
ただし、IGBTモジュールは当社では製造していません。当社はモジュール・メーカーに対してIGBTをウエハの状態で供給しており、モジュール・メーカーがIGBTモジュールに組み立てて販売しています。当社は、独Semikron Danfoss(セミクロンダンフォス)と10年以上の協力関係を構築しています。第4世代の1200V耐圧IGBT「RGAシリーズ」についても、同社がそれを採用した定格電流が10~150AクラスのIGBTモジュール「MiniSKiiP」を製品化する予定です。
―――ロームのIGBT事業の現状について知りたい。事業の中心となるアプリケーションは何なのか?
石松
現在、最も注力しているのは、カー・エアコンの電動コンプレッサです(図7)。実際に、当社はこの市場では優位な状況にあります。なぜならば、競合他社に比べて、いち早く車載向けディスクリート半導体の品質規格「AEC-Q101」を取得したからです。
加えて、この市場で拡販するためにフィールド・アプリケーション・エンジニア(FAE)によるサポートを充実させています。例えば、使用するIGBTや回路、ヒートシンクなどから電力損失を求めて、どのような温度分布になるかを解析するサービスなどを提供しています。
図7 xEV向け電動コンプレッサの市場予想
―――今後、IGBTの成長率はどう推移すると見ているのか?
石松
一番大きな成長率が期待できるのは車載向けだと見ています。年平均成長率(CAGR)は、20%程度という高い伸びが期待できます。さらにサーボ・モータやインバータなどの産業機器も5〜10%の年平均成長率に達すると予測しています。一方で、民生用エアコンについては、日本に続いて中国もインバータ化率がほぼ100%に達したため、あまり高い成長率は期待できないでしょう。もちろん、インド市場などのインバータ化率の進行具合で変化しますが、おそらく1〜2%の年平均成長率にとどまると見ています。
―――やはりSiCパワーMOSFETの市場拡大によるIGBT市場は縮小する方向にあるのか?
石松
もちろん、モビリティ用途では、SiCパワーMOSFETの採用が進むでしょう。それによる影響は小さくありません。しかし前述の通り、車載の一部や産業機器などを中心にIGBTは依然として広く使われることになります。このためIGBT市場はまだ拡大していくと見ています。
さらにSiCパワーMOSFETとIGBTを組み合わせて使用する「ハイブリッド駆動」という新しい技術の開発も進んでいます。通常、1つの上アームもしくは下アームを構成するスイッチは、複数のパワー・デバイスを並列に接続しています。例えば、SiCパワーMOSFETチップを3個や4個使って構成するわけです。この一部をIGBTに変更します。例えば、2個のSiCパワーMOSFETと2個のIGBTを並列接続して構成します。SiCパワーMOSFET、低電流領域では電力損失を極めて低く抑えられますが、高電流領域ではIGBTの電力損失との差は小さくなります。つまり、低電流領域はSiCパワーMOSFET、高電流領域はIGBTといった具合で分担するわけです。こうすることで、損失を増やすことなく、価格対性能比を高められるようになります。
こういったアプリケーションに向けてラインアップを拡充していきます。さらに、デバイス構造から抜本的に見直したより高性能な新製品の開発も進めています。
石松
やはり「SiCパワー・デバイス(SiCパワーMOSFET)は必要ない」という応用用途(アプリケーション)が存在するからです。SiCパワーMOSFETは性能が高いですが、価格もIGBTに比べれば高めになる。一方、IGBTは比較的低い価格で、それなりに高い性能が得られます。このため将来にわたって、IGBTを必要とする市場は確実に残ります。Siパワー・デバイスが廃れることはない。SiCパワーMOSFET一色になることはない。そう判断してIGBTの開発や製造、販売に取り組んでいます(図1)。