インタビュー⽇経 xTECH 掲載
2024年04⽉11⽇
GaNは電源業界のゲームチェンジャーデルタ電子とロームが
次世代電源戦略を語り合う
※ 内容、登壇者の肩書は取材当時のものです(2024年1⽉)
GaNパワー半導体(GaN HEMT)は電源業界のゲームチェンジャーになる可能性を秘めている。極めて高い材料特性を生かすことで電力損失の低減と、小型軽量化による資源削減を同時に実現できるからだ。ただしGaN HEMTを使った電源設計には技術的な課題がまだ残されている。そこでDelta Electronics(デルタ電子)とロームはパートナーシップを結び、課題解決に乗り出した。両社はどのように課題を解決してGaN HEMTを普及させるのか。デルタ電子日本法人であるデルタ電子 代表取締役社長の華 健豪氏とローム LSI事業本部 電源LSI事業担当 パワーステージ商品開発部 部長の山口 雄平氏が対談した。
GaN HEMTの普及に必要なこと
――現在、GaN HEMTはどのような課題を抱えているのか。
華氏(以下、華)当社はロームのGaN HEMTを搭載したACアダプター/USB充電器「Innergie(イナジー)」を2機種発売しました。小型化、高効率化を実現した一方で、収益率には課題があります。収益率を高めるには、製品の付加価値を上げ、さらにコストを下げなければなりません。
従来製品比でサイズをコンパクトにしつつ、性能面は向上させている
代表取締役社長
華 健豪 氏
今後、GaN HEMTの普及を考えたとき、ACアダプター/USB充電器は主要なキラーアプリケーション(キラーアプリ)というよりは、普及の糸口と言うべきでしょう。GaN HEMTは、電力容量がより大きな用途でこそ能力を発揮します。例えば、電気自動車(EV)のオンボードチャージャー(OBC)やサーバー用電源などです。
ただし、それらの用途で使うには技術課題が残っています。GaN HEMTのメリットは高周波駆動が可能なことですが、それによってノイズが増大したり、最適な磁性部品が入手できなくなったりするからです。これらの技術課題には、サプライチェーン全体が一丸となって解決に向けて取り組んでいく必要があります。現時点ではまだ、GaN HEMTは投資の段階です。
LSI事業本部
電源LSI事業担当
パワーステージ商品開発部
部長
山口 雄平 氏
山口氏(以下、山口) 半導体メーカーの当社から見ると、Siパワー半導体とGaNパワー半導体のビジネスはまったく違うものと捉えています。
Siパワー半導体のビジネスでは、サプライヤーとして最高の性能の製品を供給することが最大の使命です。ところがGaNパワー半導体のビジネスはそれだけでは成功しない。電源メーカーとの間でシステムレベルでのすり合わせが必須だからです。専用のゲートドライバーICを使ってGaN HEMTを高周波駆動する構成に最も適した電源回路の設計が必要であり、回路トポロジーを選択したり、トランス(磁性部品)を最適化したり、ノイズ対策や熱対策を打ったりすることが求められます。こうした電源回路設計の知見は、当社にはほとんどない。デルタ電子の力を借りることが不可欠です。つまり、GaN HEMTの性能を十分に引き出すには、当社はサプライヤーからパートナーという立場に変わり、磁性部品やノイズ、熱といった技術課題を解決するためにデルタ電子と協力して電源回路設計を進める必要があります。そこで必要になる専用の半導体を当社が開発、提案する事によって最終的な課題解決に貢献する関係が求められます。
未来を見据えた企業同士が連携
華
正直なところ、当時の状況だとどちらの企業が声を掛けてもおかしくなかったと思います。GaNパワー半導体については、環境保護や省エネといった課題を解決するために、どのように活用し、どのように普及させるのかという点でお互いに課題を抱えていたからです。
デルタ電子は2017年に、GaNパワー半導体を使う電源の開発に着手しました。しかし従来の設計プロセスと回路トポロジーでは、技術課題を解決できず、パワー半導体とICを持っている企業と組まないと突破できないと痛感しました。
山口
ロームもパートナーとなる電源メーカーを探していたところだったので、どちらが選んだというよりもタイミングが合ったと言うべきでしょう。
両社が共有する「パッション」
――電源メーカーやパワー半導体メーカーは世界中に数多くある。その中でなぜ、デルタ電子はロームを、ロームはデルタ電子を選んだのか。
華
両社には、GaNパワー半導体に対する強いパッションがあります。これが大きかった。さらに、当社の柯子興副会長が指摘していますが、両社は文化や仕事に対する姿勢が近く、信頼関係があります。さらに品質に対する意識がお互いに高い。こうした点を評価してロームを選びました。
山口
言ったら、「Why ROHM」なんです。デルタ電子は世界最大の電源メーカー。当社としては選んで当たり前。しかしデルタ電子から見た当社はどうなのか。世界にはさまざまな半導体メーカーがあり、当社よりも収益が多い企業はたくさんあります。デルタ電子はさまざまな検討の結果、最後は企業文化やミッションのゴールが一致していた当社を選んだ。同じパッションを感じてくれたんだと思います。
先日、華社長からデルタ電子の創業者である鄭崇華会長の著書をいただきました。そこに興味深い言葉がありました。「人を以って基となし、人を以って核と成す」です。言わんとしているのは、従業員は家族であること、社会に貢献しなければならないこと、会社は長所を発揮できる場であるべきことなどです。
この言葉は、当社の創業者(故・佐藤研一郎氏)の考え方に通ずるものがあります。創業者は当社の半導体ビジネスのミッションを「文化の進歩向上に貢献すること」と記していました。売上はあくまでも社会貢献の総量ということです。私はデルタ電子とビジネスを進めていく上で、このマインドで接してきたつもりです。
華
ロームは、SiCパワー半導体では長期間の研究開発を経て、量産までこぎ着けた経験があります。新しい技術にチャレンジするパッションを持っており、実績も出している。この次はGaNパワー半導体です。SiCパワー半導体ですでに実績を出しているので、GaNパワー半導体でも成功に導いてくれると信じています。
山口
パッションがあって、ビジネスに対してピュア。その点は、デルタ電子も当社の創業者もまったく同じです。ビジネスではどうしても目先の売り上げに目を向けがちです。しかし、本当に重要なのはその先です。環境を保護すること、世の中を豊かにすることなどが重要なのです。
次のキラーアプリはまだ分からない
――GaN HEMTはすでにACアダプター/USB充電器に採用されている。両社の共同開発で生まれた技術はどのような用途に適用することを考えているのか。
華
現時点でも、サーバー用電源やゲーミングパソコン用ACアダプター、テレビ用電源などに対する引き合いが何件も来ています。当社は、顧客に対して「サーバー用電源に使ったら、こんなメリットが出ますよ」といった具合にGaN HEMTの良さを説明しているからです。それを聞いた顧客の中に、「GaN HEMTは面白いなあ」と感じるところが出てきています。
「サンプル品を試作しましょう」というところまで話が進んでいる企業もあります。サンプル品ではコストや安全性、信頼性などを評価します。さらにGaN HEMTは「暴れる」ので、さまざまな動作テストを実施し、問題ないことを示すエビデンスを提出します。ゴールである量産の手前まで来ているイメージです。
山口
ACアダプター/USB充電器の次としては、華社長の言われた他には、OBCなどで興味を持ってもらっています。いままさに開発段階のすり合わせが始まっているところです。
華
実際に自分たちの手でものを作って市場に出していかないと、解決すべき課題をすべて抽出できない。市場を創出するには、自らの手を動かすことが必要不可欠です。正直なところ、サーバー用電源やOBCがキラーアプリなのかは、現時点ではまだ分かりません。試行錯誤で開発/設計をしながら探っていくしかないのです。
SiPで使いやすさを高める
山口
半導体メーカーの視点で、GaNパワー半導体の普及に最も必要なことは「使いやすさ」だと考えています。GaN HEMTは、高周波で駆動するためにゲート電極に高速な指令(信号)を入力すると、リンギングが発生します。これが、先ほど華社長の言われた「暴れる」ということです。Siパワー半導体のように、低速な指令で構わないのであれば暴れません。もちろん暴れれば対処が求められます。その対処の1つとして、2022年3月に量産化を発表した150V耐圧のGaN HEMTでは、ゲート耐圧を業界最高の8Vまで高めました。この結果、使いやすさが大幅に向上しました。
一方で、現時点では電源回路の1次側のニーズが高まっています。つまり、ACアダプター/USB充電器などの用途です。そこで当社は2023年7月に、650V耐圧のGaN HEMTを市場に投入しました。特徴は、GaN HEMTとゲートドライバーICを1パッケージに収めたSiP(システム・イン・パッケージ)品であること。ACアダプター/USB充電器などの用途においてMHz帯で駆動しようとすると、ノイズ対策や熱設計が難しくなります。それに対する解がSiPです。
このSiP品はデルタ電子の力を借りて開発しました。最大で2MHzのスイッチングが可能です。これを使えば、Siパワー半導体を使った場合に比べて、サイズを99%小型化できると同時に電力損失を55%減らせます。サイズが劇的に小さくなるのは、ヒートシンクなどが不要になるからです。
SiP品の最初の用途として有力なのは、デルタ電子が発売するACアダプター/USB充電器です。それらの出力電力は300W未満ですが、今後ターゲットとする用途は数百W〜数十kWになります。例えばOBCであれば出力電力は3.3kW~22kWに高まります。今回のSiP品はこうした高出力の用途への適用も考えた製品です。
華
実際にノイズ対策や熱設計は、デルタ電子とロームのエンジニアが顔を突き合わせて作業しました。電源メーカーのノウハウも注ぎ込まれています。
山口
実は、SiP品の次の形も考えています。対応する電源回路トポロジーを変える予定です。最終的にどのようにするのか。現在、デルタ電子と議論している段階です。
現時点では、比較的高い出力電力帯に適したトーテムポールPFC方式を採用する考えです。これにアナログ制御方式を組み合わせます。現在は、デジタル制御方式の方がメインですが、アナログ制御であれば不要な機能を減らして回路を最小化できるメリットが得られます。そこでアナログ制御方式を使って技術的な特徴のある電源制御ICを実現する考えです。この電源制御ICをSiP品と組み合わせて使えば、GaN HEMTの潜在能力を最大限引き出せるようになります。つまり、非常に高いスイッチング周波数での駆動が可能になります。
両社の協業が中国メーカーとの競争の切り札に
――デルタ電子とロームの協業は、今後どのように発展させていく予定なのか。
華
両社の協業関係をより深めていく考えです。そして少なくとも5年後、10年後にはきちんとした数字で成果を示せるでしょう。
当社では、GaNパワー半導体は「電源業界のゲームチェンジャーになる」と確信しています。ゲームチェンジャーには2つの意味があります。1つは、Siパワー半導体をGaNパワー半導体に置き換えること。GaNパワー半導体を使えば、電力損失を削減でき、環境負荷を減らせます。
もう1つは、中国の電源メーカーとの競争において切り札になり得るという意味です。過去は日本勢や台湾勢が競合相手でしたが、今後は中国メーカーになります。中国メーカーはとても手ごわい。当社には「TQRDC」という言葉があります。Tはテクノロジー、Qはクオリティー、Rはレスポンス、Dはデリバリー、Cはコストで、それぞれの頭文字を取った造語です。中国メーカーには、TとQで勝つしかないと思っています。R、D、Cはとても強いからです。そうであれば、TとQで技術的な先手を取るしかありません。GaNパワー半導体で技術と品質を極めれば、コスト低減の効果も得られます。そうすれば、中国メーカーとの競争を有利に進められるでしょう。
山口
当社としては、電源のトータルコストを抑えることに注力します。まずはこれが重要であり、しっかり実現したい。そしてデルタ電子との協業を進めることで、GaN HEMTとICで省エネと小型軽量化に最大限貢献したいと考えています。
提携の枠組みが拡大する可能性も
山口
今後、デルタ電子との協業が発展していけば、半導体メーカーとして「もっと大きな夢が見られるかなあ」と考えています。
エンジニアはものづくりが大好きで、いろいろな新しいものを作り出したいという夢を持っています。しかし、半導体メーカーから見える世界は限られています。ところが当社のGaN HEMTとICに、デルタ電子のノウハウが加われば、当社だけでは作れないものが作れるようになります。その分だけ大きな夢が見られようになるはずです。
こうした「夢を実現させたい」という意思が、デルタ電子のパッションにつながっているのではないかと思っています。従って、同じ意思を持つ別の企業が2社、3社、4社とつながっていけば、もっともっと大きな夢が見られるようになるでしょう。
実際に、現在当社はデルタ電子との協業に注力していますが、さまざまな企業から声を掛けてもらっているのも事実です。もっと大きな夢を見るには、デルタ電子の先にいる完成品メーカーや、当社との関係がある部材メーカーを巻き込むことも必要になるかもしれません。磁性部品メーカーなどはその候補でしょう。
ただし、このパートナーシップに加わるには、「GaNを普及させることで、世の中を豊かにしたい」という強い覚悟が不可欠です。ここがずれていたら参加は難しいでしょう。
華
相性が合う、合わないはとても重要です。「面白いことをやっているので仲間に入れてくれ」では認められません。企業の業績ではなく、パッションやDNA、企業文化や経営理念が共通する仲間と粘り強くGaNの普及に取り組み、環境負荷の低減に貢献したいと考えています。
山口
極端な話ですが、デルタ電子の立場で言えばパワー半導体はSiでもGaNでもどちらでもいいのです。電源の価値を最大化できるデバイスを選ぶだけ。コストは重要な要素なので、短期的な視点では安価なSiを使う方が正解でしょう。
しかしデルタ電子は5年後、10年後を見ています。先ほど、華社長は「GaNパワー半導体はまだ投資の段階」と指摘されましたが、そこに当社は「デルタ電子のビジョン」を感じました。単に安価なSiパワー半導体を採用してコスト勝負を仕掛けるのではなく、電源メーカーと半導体メーカーがGaN HEMTを採用した電源回路をすり合わせて設計し、システムレベルで価値を最大化して顧客に訴求する。これこそが次世代電源のビジネスモデルになると考えています。
そうした中で、デルタ電子とロームは提携関係を結びました。実際には、デルタ電子から当社に声を掛けていただきました。