インタビュー⽇経 xTECH 掲載
2024年03⽉11⽇
デルタ電子とロームが電源分野で提携した本当の狙いSiC/GaNパワー半導体で
脱炭素とデジタル化を両立へ
※ 内容、登壇者の肩書は取材当時のものです(2024年1⽉)
現代社会には2つの大きなトレンドがある。それは脱炭素化(GX)とデジタル化(DX)だ。これらのトレンドを同時に推し進めるには電源技術とパワー半導体技術の進化と融合が欠かせない。これを目標に掲げ、世界最大の電源メーカーである台湾Delta Electronics(デルタ電子)とパワー半導体に注力するロームがパートナーシップを結んだ。電源技術とパワー半導体技術の将来はどうなるのか。デルタ電子 副会長の柯 子興氏とローム CTOの立石 哲夫氏に聞いた。
なぜパワー半導体の注目度は高まっているのか?
――電源やパワー半導体に対する注目度は、かつてないほど高まっている。その理由は何か。
副会長
柯 子興 氏
柯氏(以下、柯) 新しい技術、アプリケーションの登場にあります。特にAI(人工知能)の急速な普及の影響は大きく、それを処理するAIサーバーの性能を高めるべくGPUの消費電力は急激に増加しています。一方で、脱炭素化を実現するにはAIサーバーの消費電力を減らさなければなりません。この相反する要求にどう応えればいいのか。
当社はこの課題に対する回答を、2023年10月に米国カリフォルニア州サンノゼにて開催された国際会議「2023 OCP Global Summit」で披露しました。GPUの消費電力の増加に応じて、当社は元々3kW出力のモジュールの出力電力を5.5kWに増やすと同時に、効率を97.5%に高めた電源を開発しました。まさに、GPUという新技術とAIという新アプリが電源に対して突き付けた要求に応えた格好です。
もちろんGPU やAIサーバーからの要求は今後も高度化します。それに対応するには電源技術とパワー半導体技術のさらなる進化が必要です。このため電源メーカーとパワー半導体メーカーの協業が必要になります。特に重要なのは「第3世代のパワー半導体」。第3世代のパワー半導体は2種類あり、1つは普及段階に入ったSiC(炭化ケイ素)パワー半導体、もう1つはこれから普及期を迎えるGaN(窒化ガリウム)パワー半導体です。これらが進化し、普及すれば電源の性能を高められると同時に電力損失を減らせます。脱炭素化とデジタル化の両立に貢献できます。
――パワー半導体に目を向けると。
取締役 上席執行役員 CTO
立石 哲夫 氏
立石氏(以下、立石) パワー半導体が注目を浴びている背景にあるのはカーボンニュートラルでしょう。現在の主流は化石エネルギーですが、早急に新エネルギーに移行しなければなりません。有力候補は太陽光発電や風力発電ですが、いずれも発電した電力を家庭や工場、オフィスなどで使えるようにするには電力変換が必要です。それはまさに電源やパワー半導体の役割。
さらに自動車では電動化が進んでおり、それに欠かせないパワー半導体の重要性が高まっています。なかでも第3世代のパワー半導体に対する注目度が極めて高い。なぜならば、大きな技術的な変化を起こせるからです。SiC/GaNパワー半導体を使えば、電源効率は約5%高まります。一般消費者にとって5%は小さいかもしれませんが、業界関係者から見れば革新的な進化であるのは確かです。
次のアプリ探しがSiCパワー半導体普及の鍵に
――それでは第3世代のパワー半導体の1つであるSiCパワー半導体の開発と普及について、現状と将来見通しを教えてほしい。
立石
現在、当社はSiCパワーMOSFETの生産拡大に取り組んでおり、生産能力を2030年までに2021年比で35倍まで高める計画です。もちろん他社も生産能力を引き上げていますが、それでもEVの需要を満たせない。今後5年間は、トラクションインバーターなどのEV用途だけで、製造したSiCパワーMOSFETのほぼすべてが使われることになるでしょう。
ただし10年後は分からない。それまでに新しいアプリを開拓する必要があります。EVの次のアプリに対する考え方は副会長と同じです。採用するメリットがあるかどうかです。
価格や技術面で残された課題
――SiCパワーMOSFETでは価格がまだ高いという指摘があるが、それは普及を阻む要因になるのか。
柯
SiCパワーMOSFETの価格が単に高い、安いではなく、一般消費者から見て追加コストに見合う付加価値があるかどうかが重要です。例えば、EVだったら追加コストを払っても車体が軽くなり、走行距離が延びる。それならば一般消費者は受け入れます。
SiCパワーMOSFETを使えば、重量50kgの装置が30kgに軽くなり、サイズは小さくなるでしょう。家庭向けであれば、付加価値になるかもしれない。しかし産業向けやFA向けは広い場所に設置するケースが多く、小型化はあまり求められていません。つまり小型化は付加価値にならない。SiCパワーMOSFETの普及は、コストだけでは語れません。アプリの視点が必要です。
――現時点で、SiCパワーMOSFETにはどのような技術的な課題が残されているのか。
立石
まだ技術課題はたくさん残っています。例えば、SiCパワーMOSFETは高周波特性が高い。これはメリットですが、使い方を難しくする要因でもあります。トラクションインバーターは6つのスイッチで構成しますが、1つのスイッチは1個のSiCパワーMOSFETだけでは動きません。複数個を並列接続する必要がある。そうなると、モジュール化しないととても使いにくくなる。相互干渉で発振しやすくなるからです。
発振を防ぐには、技術レベルの高いパターン設計が必要ですが、これは難易度がとても高い。そこで当社ではサポート体制を整備しています。ドイツでは「パワーラボ」、日本には「SSE(System Solutions Engineering)本部」を組織しており、顧客の設計作業をサポートしています。
MHzで使える磁性部品がない
――次に、GaNパワー半導体について普及の現状と将来の見通しを教えてほしい。
柯
GaN HEMTは、電源業界の期待を一身に集めていますが、過去5年間は期待通りに発展しませんでした。特に需要開拓と技術的な進化については、期待外れだったと言わざるを得ません。
その原因は、GaN HEMTの特性を完全に生かせるアプリを見つけ出せなかったことに尽きます。GaN HEMTの優位性は高周波動作が可能なこと。それも何百kHzではなく、3MHz以上と高い周波数で動作可能です。こうした高周波で動く電源は(小型DC-DCコンバーターを除けば)いまのところ存在しません。
立石
なぜ電源は高周波化を進めるのか。それは電源の中で最も大きい構成部品が受動部品、つまりコンデンサとインダクタ(コイル)だからです。周波数を高めれば、この2つを小型化できます。
柯
ただし現時点では、高周波化には2つの課題があります。1つは、1M〜3MHz動作に適した電源コントローラーICがないこと。もっとも、この課題は半導体メーカーにとっては比較的クリアしやすいでしょう。もう1つは、インダクタやコイルなどの磁性部品に関する課題。高周波動作に適した磁性部品はまだ実用化されておらず、解決のメドは立っていないのが実情です。
立石
副会長がおっしゃる通り、現行のインダクタやコンデンサは高周波特性に課題があり、周波数が1MHzを超えたあたりから理想的な動作をしなくなります。こうした背景から、現時点ではGaN HEMTをMHz帯で動かすのは難しく、何とか使えている状態です。つまりGaN HEMTが持つ性能を十分に生かせていません。
ただし耐圧を高めれば、そこまで周波数を高めなくてもGaN HEMTの魅力を引き出せます。このため650V耐圧品がACアダプターに採用され、広く普及しているわけです。
――GaN HEMTの次のアプリは、具体的に何が考えられるのか。
柯
EV用オンボードチャージャーとサーバー用電源が有力でしょう。例えば、GaN HEMTを使ってサーバー用電源を小型化すれば、データセンターでの専有面積を減らせます。いずれにせよ、これらの用途に使ってもらうには、電源コントローラーICと磁性部品の課題を解決しなければなりません。
立石
さらに、高周波化するとGaN HEMTを実装する基板の寄生インダクタンスが動作を邪魔し、正常に動かないという問題に遭遇します。GaN HEMTは「暴れん坊」だからです。SiパワーMOSFETと同じように設計すると、さまざまなトラブルが発生します。そこで当社は、GaN HEMTをドライバーICと1つのパッケージに収めたSiP(System in Package)として提供していく考えです。そうすれば、より使いやすくなります。
柯
GaN HEMTにとって、高周波化のほかに重要なキーワードはパッケージです。ディスクリートのGaN HEMTで設計すると、駆動やノイズなどのトラブルに見舞われます。結果的に電源設計者は高周波駆動に対応できず、周波数を低くして使うことになる。これではGaN HEMTの特性を生かせません。GaN HEMTはSiPで提供されるべきです。
文化が近い企業同士が協業し、次のステップへ
――デルタ電子とロームは2022年4月にパートナーシップを結んだ。その狙いは何か。
柯
私自身、ロームという企業を尊敬しています。両社の文化とミッションはとても近く、エンジニアの精神が似通っており、技術優先/技術重視の製品開発体制を構築しているからです。今回の提携はGaN HEMTに関するもの。GaN HEMTはいまだにキラーアプリを見つけられていませんが、着実な進化を遂げています。既に当社はGaN HEMT採用のACアダプターを製品化しました。ブランド名は「Innergie(イナジー)」。45W品や67W品を用意しています。次のステップでは3kW出力のサーバー用電源に適用し、将来的にはオンボードチャージャーに搭載したいと考えています。
ただし高周波化の課題は残ります。それはロームと一緒に解決していきたい。パッケージ技術などを活用したSiPを共同で開発することで、GaN HEMTの優位性を生かせるアプリが見つかるはずです。
立石
GaN HEMTのキラーアプリを見つけることはとても重要です。既に持っている技術を当てはめたら、高い付加価値が得られる。そんなアプリを見つけたい。それはマーケティングの観点から取り組みます。
一方で、技術の観点からもキラーアプリ探しを支える必要があります。GaN HEMTの設計/開発についてはデルタ電子の関連会社でロームも出資する台湾Ancora Semiconductorsと共同で進めており、回路設計については当社内で電源コントローラーICまで開発できる体制を整えています。しかし、トランスなどを含めた電源システム全体は、当社だけでは最適化できない。電源システムには、さまざまな回路トポロジーや制御アーキテクチャーが存在するからです。電源設計者が「こういった電源を作りたい」という思いに、電源コントローラーICを開発する当社が応えられているのか。そこには恐らくギャップがあり、電源設計者が試したがっていることを電源コントローラーICが完ぺきにサポートしきれていません。
デルタ電子との提携では、電源システムのレベルから取り組みたいと考えています。電源システムを定義できれば、当社にはそれをIC化する技術があります。そしてSiPによって小型化し、それをタイムリーに市場投入する。そうしてキラーアプリを探し当てたい。
柯
SiCパワーMOSFETは、SiパワーMOSFETと比べると耐圧が高く、IGBTと比較すると高周波動作が可能という特徴があります。さらに高温特性も高い。だから、SiCパワーMOSFETは電気自動車(EV)用途で成功しました。
ただしEVの次のステップを踏み出すには、SiCパワーMOSFETの優位性を生かせるアプリを見つけなければなりません。EVでは、一般消費者にも分かりやすい小型軽量化というメリットがありました。次のアプリでも、一般消費者が実感できる十分な価値が必要です。現時点で考えられる次のアプリは、EV用充電ステーションや再生可能エネルギー用大型蓄電装置など。扱う電力が大きく、体積が大きい電源が必要だからです。