インタビュー⽇経 xTECH 掲載
2023年04⽉11⽇
ついに始まる「GaNパワー半導体」実⽤化
新市場の出現で⽇本企業に好機、起こすゲームチェンジ
※ 内容、登壇者の肩書は取材当時のものです(2023年4⽉)
貴重な電⼒をムダなく使い、蓄え、送る。そのために⽋かせないのが「パワー半導体」だ。Si(シリコン)を使う従来の半導体に⽐べ、SiC(シリコンカーバイド)やGaN(窒化ガリウム)などの化合物半導体は電⼒ロスが圧倒的に少なく、電気⾃動⾞(EV)やデータセンターの電⼒マネジメントに⾰命を起こすと⾔われている。半導体⼤⼿のロームは、既にSiCで事業化に成功しているが、2022年にはGaNの量産体制を確⽴し、製品の提供を開始した。本記事ではロームCTOの⽴⽯哲夫⽒に取材。⽇本の半導体戦略を踏まえたGaNパワー半導体の実⽤化がもたらす意義、ロームの新技術や今後の展望まで深掘りする。
ローム
取締役 上席執行役員CTO
立石 哲夫 氏
機械メーカー、半導体メーカーにてLSI開発に従事した後、2014年ローム⼊社。
2019年2⽉、LSI開発本部技術開発担当フェロー。
2019年6⽉、ローム取締役LSI開発本部⻑などを経て、2021年1⽉より現職。
GaNでゲームチェンジを起こせるか?
――2050年のカーボンニュートラルに向け、脱炭素化の動きが加速しています。特に電源の7割以上を⽕⼒に頼る⽇本では、再⽣エネルギーへの転換が待ったなしの状況です。そこでいま、パワー半導体への注⽬度が⼤きく⾼まっています。⽴⽯様は現状をどう⾒ていますか。
「使いやすいGaN」の誕⽣
――GaNをはじめとする化合物半導体は様々な産業分野への活⽤が期待されています。社会実装を進める上で何が重要と考えていますか。
立石
顧客が利⽤しやすい状態にしなければ、ゲームチェンジは起こせません。⾃動⾞や産業機器メーカーが使いやすいように、製品やソリューションを提供する必要があります。⼤事にするのは、ユーザー⽬線による課題解決です。GaNの利点を⽣かしたものづくりが容易にできる環境作りを⽬指します。
例えば、当社は使いやすさを追求した独⾃のGaNデバイス「EcoGaN™」を提供しています。そこには、独⾃開発による様々な技術が導⼊されています。
その1つが、設計マージンや信頼性の向上に貢献する「8V⾼ゲート耐圧技術」です。⼀般的な製品では、駆動電圧が5V(ボルト)なら定格電圧を1V上の6V程度に設定するのが普通です。しかし、これでは⾼速スイッチングを⾏った際、瞬間的に発⽣する⾼い電圧である「オーバーシュート電圧」への許容範囲が1Vしかありません。それ以上の電圧が発⽣した場合、性能や信頼性に⼤きく影響するため、設計がシビアになるわけです。
「EcoGaN™」は定格電圧を業界最⾼⽔準の8Vまで⾼め、実に3Vのマージンを確保しています。オーバーシュート電圧に対する⾼い耐性を備えており、安⼼してお使いいただけます。
脱炭素化に⾰命をもたらすGaNパワー半導体
――モビリティは今後さらにEVや⽔素⾃動⾞など、化⽯燃料を使⽤しないモデルに変わっていくとみられます。現在のEVで使われているSi系のトランジスタは電⼒ロスや効率性の⾯で課題があり、GaNなどの化合物を使った⾼性能なパワー半導体に替えることができれば、EVの性能向上に期待がかかりますね。課題は、コストでしょうか。
立石
コストだけでなく「使いこなし」も重要ですね。いくらデバイスの性能が良くても使いこなしができなければ、効率の良いインバーターやEVを実現できません。パワーデバイスを駆動するための制御IC(ゲートドライバ)など周辺部品を含めた、ソリューションでの提案⼒が重要になります。また、設計サポートも必要で、評価・シミュレーションツールの提供のほか、FAE(Field Application Engineer)を通じたサポート体制構築にも取り組んできました。
この「使いこなし」の課題は、SiCよりも⾼周波駆動を実現できるGaNの⽅がより顕著になると思います。それらを解決するために開発したのが「EcoGaN™」と、3つの⾰新的な要素技術から成る「Nano」テクノロジーです。
「EcoGaN™」はGaNの優位性を様々なアプリケーションに応⽤していただけるGaNデバイスです。エネルギー変換効率が極めて⾼く、様々な分野で省エネ化や⼩型化を実現できます。ただし、どれほど⾼いエネルギー変換効率を誇っても、それを制御するICの駆動が遅ければアドバンテージを⽣かし切れません。そこで⼒を発揮するのが、「Nano」テクノロジーの1つである超⾼速パルス制御技術「Nano Pulse Control™」です。ナノ秒という世界最速レベルのパルス幅で、60Vの電源を⼀気に2.5Vまで降圧できます。
「EcoGaN™」の優位性を今すぐ⽣かせる分野としては、データセンターが挙げられます。近年、データセンターの需要が急増する中で、巨⼤な電⼒消費が課題となっています。電⼒変換効率の⾼いGaNのアダプターを使⽤することで、⼤幅な省エネを実現できます。
――EV以外にも、バッテリーで動くものが多く普及する電動化の時代です。様々な分野で、脱炭素化の実現に向けて「EcoGaN™」のニーズは急速に拡⼤していきそうです。
立石
様々な分野への応⽤が容易になった「EcoGaN™」の量産を、2022年に開始しました。約20年に及ぶ研究開発の段階を経て、ようやく⾃信を持って市場に出せる製品が完成したのです。ロームはLSIとGaNが創る未来に本気で挑戦し、ゲームチェンジを起こそうとしています。
スタートアップへ積極投資、⽇本の未来を切り開く
――ロームは研究開発だけでなく、⼈材の産学連携も加速させています。その狙いについてはいかがでしょうか。
立石
⽇本ではまだ学術界と産業界の間にギャップがあるように思います。ロームはそのギャップを解消するため、「⼤学の勉強がいかに社会に⽣きるか」について名古屋⼤学や⼤阪⼤学などで講義をしたりしています。また、研究公募なども積極的に⾏っていますが、共同研究に発展した場合は、資⾦だけでなく⼈的リソースも投⼊し、積極的に交流するようにしています。
さらに、こうした産学連携に加え、スタートアップ企業への投資にも注⼒しています。「ローム版コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)」を創設し、10年間で50億円を投資します。スタートアップ企業への直接投資だけでなく、ベンチャーキャピタル・ファンドを通じたLP(Limited Partner=有限責任組合員)出資なども進める計画です。
当社のスタートアップ投資は、財政的なリターンを⽬的とするものではありません。中⻑期的に開花しそうな技術やビジネスの種を⾒つけ出すことに主眼を置いています。新たな事業モデルの創出を⽬指しているのです。
――オープンイノベーションによって産学の緊密な連携を⼤いに促進し、⽇本社会を⼤きく変える流れを⽣み出すことを、⼤いに期待しています。本⽇はありがとうございました。
識者コメント1
「GaNパワー半導体」に貢献を!
脱炭素社会の実現に向けてカギを握るのは、間違いなくパワー半導体であり、中でも実⽤化が始まったGaNへの期待は⼤きいです。
⼀般的なSiの半導体市場では、台湾や韓国、中国などとの競争が激化しています。⼀⽅、新興のGaN市場は、⽇本企業の強みを存分に発揮できる分野だと考えています。⽇本はSiの市場を後追いするよりGaNなどの化合物半導体を使った新たな市場を創出し、そこで先⾏すべきではないでしょうか。その意味で、ロームの動きには注⽬していますし、今こそ産学が⼀層協⼒し、さらなる進化を⽬指すべきです。
GaNを含む化合物半導体の市場規模は、まだSi半導体の10分の1程度。普及・拡⼤に向けて、さまざまな課題はありますが、むしろ好機ととらえるべきでしょう。ぜひGaNの市場を確⽴し、世界に広げていってもらいたいと思います。
名古屋⼤学
教授
天野 浩 ⽒
1960 年⽣。1988年、名古屋⼤学院⼯学研究科満期退学。2010年、同⼤学院⼯学研究科教授。
2015年、同⼤未来材料・システム研究所教授に就任、現在に⾄る。⻘⾊LED の研究により、⾚﨑勇博⼠、中村修⼆博⼠と共に、2014年ノーベル物理学賞受賞。
識者コメント2
ウエハからデバイス、制御ICまで「ALL JAPAN」でGaN市場を席巻しよう!
⻑年、省エネを実現するパワー半導体材料として期待の⼤きかったGaNですが、品質やコストなど様々な課題がありました。こうした中、ロームは、信頼性を⾼めたGaNデバイスの量産体制を確⽴するとともに、その性能を最⼤限発揮するための制御ICの開発も進めておられます。これはGaNデバイスの普及に向けた⾮常に⼤きな⼀歩になるでしょう。
私⾃⾝GaNに携わって、25年以上が経ちますが、ようやく実⽤化に向けた光が⾒え、⾮常に感慨深いものがあります。⼀般的に新しいテーマの研究開発において、⼤学と企業の間には、研究が事業化に⾄らない死の⾕が存在します。これらを埋めるのが産学連携であり、⼤阪⼤学でもGaNウエハの共同研究を⽇本企業と数多く⼿掛けています。2022年にはGaN on GaNウエハの事業化への道筋も⾒えてきました。
脱炭素への期待が⼤きいパワー半導体ですが、その性能を真に発揮するためには、ウエハ、デバイス、制御IC、モジュールなど、それぞれの技術を有機的に連携する必要があります。
その点、⽇本にはロームをはじめ、多くの有⼒企業がそろっています。我々が取り組むウエハ技術から、ロームが取り組む、デバイス、制御IC、そしてモジュールまで、ALL JAPANで世界を席巻し、脱炭素社会の実現に貢献したいと思います。
ロームには、SiCの事業化に道筋をつけた⼤きな経験があります。GaNにおいても、普及に向けたリーダーとして牽引してくれることを期待しています。
⼤阪⼤学⼤学院 ⼯学研究科
教授
森 勇介 ⽒
1966年⽣。1993年、⼤阪⼤学⼤学院⼯学研究科中退。准教授などを経て、2007年より同科教授に就任、現在に⾄る。2006年、第16回⽇経BP技術賞、2008年「⽂部科学⼤⾂表彰科学技術賞」受賞など。
立石
GaNやSiCを使⽤したパワー半導体へのニーズは、特に⾼電圧・⼤電流を扱う分野で⾼まると⾒ています。EVやデータセンター、携帯電話の基地局で信号を増幅するトランジスタ、再⽣可能エネルギーの蓄電・送配電システムなどです。
中でもGaNは⼀般的なSiを使った半導体より電気抵抗による電⼒損失が圧倒的に⼩さく、スイッチング損失も1桁改善します。電⼒を供給したり、電圧や周波数を変換する半導体としての活躍が期待されています。
⼀⽅でEVに使われている半導体は、Si系の基板が主流。近年はSiCの採⽤も増え始めましたが、性能が⾼いにも関わらず、GaNは普及が進んでいませんでした。
最⼤の原因は「量産技術の難しさ」にあります。GaNの研究は1990年代から始まっていますが、⾼品質な結晶を安定的に作る技術がなかなか確⽴されませんでした。
GaNと同じ化合物半導体で、EVへの採⽤が進むSiCにおいても、当初、結晶⽋陥が⼤きな課題でした。それを低減して信頼性を確保し、⾼い歩留まりで安定して製造できるかどうかが量産化のカギだったのです。本格的な研究を始めて10年ほどで、ようやく量産化に成功し、事業化に⾄るにはさらに10年以上を要しました。今⽇ではEVにおいて、SiCパワー半導体の採⽤が広がり、ゲームチェンジを起こしたと思っています。
そして、当社のパワー半導体事業をさらに強化するデバイスとしてGaNの開発を進めています。SiC以上の困難がありましたが、独⾃のデバイス設計技術とプロセス技術、製造技術のすり合せなどによって、ようやく量産体制を確⽴しました。
ここでも、垂直統合型⽣産体制(IDM)の強みが発揮されたと考えています。原材料から最終⼯程までを⾃社内で⼿掛け、⼀貫した品質管理によって信頼性の⾯で圧倒的な優位性を確保しています。今後もIDMなど当社独⾃の強みを⽣かし、GaNにおいてもゲームチェンジを起こしたいと考えています。