SiCパワーデバイスの実力を引き出すキーポイント
押さえておきたい回路設計のツボ

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押さえておきたい回路設計のツボ
SiCパワーデバイスの実力を引き出すキーポイント
2017年4月号 トランジスタ技術

高速・高効率・高耐圧なスイッチング素子として圧倒的優位性を打ち出してきたSiC(シリコン・カーバイド)パワーデバイス。
ここへ来て「自分もSiC を使ってみたい」と考える技術者が急増し,実用と普及のフェーズを迎えています。

1. 実機搭載への条件が整う

SiC(シリコン・カーバイド)パワーデバイスは、高速・低損失・高耐圧であるため予てからスイッチング 素子としての優位性が謳われて来ました。そのSiC は今や知識としての評価や実験段階から様々な製品に実搭載される普及フェーズへと移行しています。

ロームは2002年に基礎実験を開始、以降ダイオード(SiC-SBD)、トランジスタ(SiC-MOSFET)など製品を拡充、プロセスは既に第三世代を迎えています。
さらに2012年には世界に先がけてフルSiCパワーモジュールの一貫量産体制を確立しています<図1>。

デバイスの充実

デバイスのラインナップ充実に加えて、設計ツールなども提供されるようになり、搭載例も数多く紹介されるなど実力が明らかになるに至って、産業用機器やエネルギー関連など高耐圧のアプリケーション分野では技術者の多くが「自分も使う時がきた」と考えるようになってきました。

2. 高速・高信頼なゲート駆動 Rgの選定

ここではパワーモジュールを例に実際に設計する際に押さえておきたいポイントを幾つか紹介します。
実は物性面での違いを除けば、SiC の基本的・電気的な振る舞いは従来のシリコンデバイスと大きな差はありません。したがって特性パラメータの違いが把握できれば従来の知識や技術を高速・高圧に延長して考えることができます。例えばシリコンのMOSFETやIGBTではドライブ安定のためにゲートに抵抗[Rg]を外付けします。その場合、抵抗値は小さいほど速度を速くできるいっぽうで、小さすぎると動作が不安定になることはよく知られています。このことはSiCにも当てはまりますが、SiC を使うのはハイパワーでの高速化が狙いですからRgの値決定はキーポイントのひとつです。
Rgを小さくし高速にオンオフすると、ドレインの電圧ストロークが容量を通じてゲートに伝わり一瞬オンしてしまう[誤オン]や出力の[サージ電圧過大]の可能性が高まります。
<図2>はRgの値とスイッチング速度との関係をIGBTと比較したものです。SiCとIGBTでは基本的な傾向は変わりませんが、SiCは特にオフ時においてリニアな関係が保たれることが分かります。言い換えると、Rgを小さくすればするほどターンオフ時のスピードが速くなると同時に誤オンや出力サージ対にするケアもツボです。

ゲート抵抗と速度の関係例

3. 高速・高信頼なゲート駆動 誤オン対策

高速化による誤オンを防ぐには幾つかの方法が考えられます。 ひとつはオフ時のゲート電圧をマイナスまで引くことです。この方法は有効ですがドライブ回路を変更しなければなりません。もうひとつはゲート-ソース間にコンデンサを外付けすることです。ゲートの暴れを押さえるのには有効ですが、速度が落ちる方向に向かうとともに効果を期待できるコンデンサの容量にも限界があります<図3>。

コンデンサによる誤オン対策

三つ目はミラークランプと呼ばれるもので、ゲートにFETを追加してオフ時に特定の電圧に強制してしまう方法です。回路の追加となりますが有効な手段です<図4>。

ミラークランプによる誤オン対策

ただし、これら何れかひとつでゲートを完璧に安定にできるわけではないので、実際には複数併用すると良いでしょう。

4. 部品選びや実装でも大きな差

ハーフブリッジ(スイッチの二段積み)を高速にオンオフすると下側のトランジスタがオフする際に出力(中点)に現れるサージが大きくなります。この現象に対しては出力にサージ吸収回路いわゆるスナバとしてコンデンサを取り付けるのが一般的です。その場合、急峻なサージを吸収するためにはスナバをスイッチの直近に最短距離で接続する必要がありますが、ハイパワーな回路では物理的サイズが大きいうえ取り付けるコンデンサも高耐圧大容量なとなるのでやはり大型となります。結果としてリードインダクタンスなどの影響が大きくなり、部品の選択や実装方法によって効果に差が生じます。
<図5>は同一の基板上でスナバコンデンサの違いによる効果の差を比較したものです。スイッチデバイスが同じでも周辺の部品選びや実装で100Vを超える大きな差を生じることが分かります。こうしたことはSiCに限った問題ではありませんが、高速・ハイパワーなスイッチングを実現するうえでぜひマスターしておきたい部分です。

スナバコンデンサの取り付けとサージ電圧の例

5. 設計サポートの環境も整う

一般的にハイパワーの回路設計では回路シミュレータで基本的な検討をした後に核心部を実際に組んでみて細かな定数を決めていくという手順が踏まれます.
ロームでは実際のSiC 搭載製品設計のための環境整備にも力を入れており、WEBからは損失シミュレータ、SPICE モデル、熱モデル、評価用回路データなどがダウンロードできます。さらに、各種のSiCパワーモジュール評価基板をマニュアル付きで提供しており、設計のリファレンスボードとして使用できます。
上で紹介したスナバの評価用モジュールなども入手可能です。
こうしたサポートも含め今すぐにでも設計に取り掛かることが出来る環境が整い、SiCが製品に実搭載される情勢は揺るぎないものとなりました。

※本文中のデータはBSM120D12P2C005(フルSiCモジュール)ローム試験環境下で評価ボードを使用した際のものです。