「ソーシャル・デバイス」Special 対談

日経BP社が運営する技術者向け情報サイト「日経テクノロジーオンライン」に、
2016年7月から2017年2月まで掲載したコンテンツを許可を得て転載しています。

※所属・肩書は掲載当時のものです。

新たな社会を創る新産業革命 高効率化の技術が後押し

「第4次産業革命」の実現を目指す国家プロジェクト「Industrie 4.0(インダストリー4.0)」を推進するドイツ。ここで毎年開催される世界最大規模の産業見本市「ハノーバーメッセ」に2016年に初出展したロームで次世代パワーデバイスの事業を担当する伊野和英氏と、ドイツを代表する産業用接続機器メーカーのフエニックス・コンタクトでIndustrie 4.0に関連するプロジェクトをリードするフランク・クナフラ氏が、新たな産業革命の今後や、実現するための技術などについてハノーバーメッセの会場で議論した。

伊野氏

 先ほど展示ブースを拝見しましたが、フエニックス・コンタクトは多くの製品を提供していますね。

クナフラ氏

 1923年に創業したフエニックス・コンタクトが、当初から手掛けているのが配電システム向けの端子台です。その後、着々と品種を増やすとともに業容を広げ、1960~70年代に急速に成長しました。1980年代半ばにFA(Factory Automation)市場に進出し、現在の事業体制ができあがりました。いまや電源、過電圧保護部品、産業用ネットワーク機器、PLC(Programmable Logic Controller)、HMI(Human Machine Interface)、セキュリティ機器など、数多くの製品を展開しています。生産の自動化に必要な機器は何でもそろえているといえるほどです。産業用機器の分野ではドイツを代表する企業の一つとして国内外で広く認識されています。

 ロームは、半導体・電子部品のサプライヤですね。

伊野氏

 その通りです。京都に本社を置くロームは1958年に、抵抗器メーカーとして創業しました。1967年には、トランジスタ・ダイオードといった半導体デバイスの市場に進出しており、現在は売り上げの90%以上がLSIをはじめとした半導体デバイスです。当初は、主にコンシューマ機器向けに製品を展開していました。最近では産業機器向けおよび自動車向け製品の売上比率が高まっています。

クナフラ氏

 様々な半導体デバイスを扱っておられますが、伊野さんのご担当は。

伊野氏

 SiC(シリコンカーバイド)を使った次世代パワーデバイスをはじめとしたパワー関連の事業を担当しております。パワーデバイスは、大電力を扱える半導体デバイスのことです。従来のパワーデバイスの材料はSi(シリコン)が主流でしたが、SiCは、「高耐圧」「高効率」「高速」などSiよりも優れた特長を数多く備えています。実は、2010年に世界に先駆けてSiCパワーMOSFETの量産を始めたのがロームです。それ以来、SiCパワーデバイスの技術開発で業界をリードしています。

 クナフラさんは、「Master Specialist Industrie 4.0」という肩書をお持ちですが、どのような業務を担当されているのでしょうか。

クナフラ氏

 日本の方々はよくご存じだと思いますが、「Industrie 4.0」は製造業の高度化を目指すドイツの国家プロジェクトです。私は、このプロジェクトに関連する当社の活動の推進役です。Industrie 4.0に関する対外的な窓口も務めており、自社の取り組みや技術を社外に発信する役割も担っています。2013~15年は、Industrie 4.0の事務局に当たるPlatform Industrie 4.0の運営委員会やワーキング・グループのメンバーとしても活動していました。

実践的な製品や技術が焦点に

伊野氏

 IoTやAIなどの先進技術を駆使して製造業を革新する、いわゆる「第4次産業革命」の実現を目指す動きは、いまやグローバルな規模のトレンドになりました。このトレンドが加速するキッカケをつくったのがドイツのIndustrie 4.0ではないでしょうか。その動向は、製造業にかかわる世界中の多くの技術者が注目しています。

クナフラ氏

 Industrie 4.0を立ち上げた背景には、先進国を中心に消費者のニーズが多様化してきたことがあります。個々の消費者がそれぞれの好みの合った製品を求めるようになってきました。つまり、「大量生産」を前提にした製造業のビジネスモデルが、市場に受け入れられなくなってきたということです。そこで、個々の消費者のニーズに合わせたカスタム製品を効率よく生産する「マスカスタマイゼーション」に対応できる、新しい製造業のプラットフォームを構築する必要が出てきました。このために、IoTをはじめとする様々な先進技術が役立つわけです。すでに、当社では社内で具体的な取り組みを始めると同時に、製造業の革新に取り組む企業に向けた様々なソリューションの提供を始めています。

伊野氏

 Industrie 4.0と同じ目標を掲げた取り組みは、日本でも始まっています。このためIndustrie 4.0に対する日本の技術者の関心は非常に高いと思います。

 第4次産業革命にまつわる様々な技術の中で、重要な位置を占めるのがIoTです。わりと最近まで、IoTの概念そのものに関心が集まっていましたが、最近ではIoTをどのように事業に生かすのか、またそのためには具体的にどのようにIoTの仕組みを実現するのか、といった実践的な観点でIoTについて考える企業が増えてきました。

 こうした企業のニーズに応えるために、ロームではIoTの実践に欠かせないセンシングやワイヤレス通信に関連する製品をいち早く展開しています。具体的には、センサ・デバイスやワイヤレス通信モジュールの品ぞろえを充実させています。

社会課題を解決する先進技術

伊野氏

 第4次産業革命は、社会の変化に応じた新しい製造業の仕組みを実現するだけでなく、「社会の高齢化」「エネルギー問題」「地球環境」など工業先進国が直面している様々な社会課題を解決することが期待されています。ロームは、先進的な電子デバイスを提供することで、これらに貢献したいと考えています。

 このための取り組みの一環として、私たちの技術やソリューションをより多くの欧州の皆さんに紹介するために、今回初めてハノーバーメッセに出展しました(図1)。日本の半導体メーカーが、この展示会に出展するのはまだ珍しいと思います。今回は、IoTシステム向けのワイヤレス通信モジュール、各種センサや私が担当しているSiCパワーデバイスなどを展示しました。

図1 2016年のハノーバーメッセに初出展したロームのブース。SiC ショットキーバリアダイオードが搭載予定のフォーミュラEカーも展示
図1 2016年のハノーバーメッセに初出展したロームのブース。SiC ショットキーバリアダイオードが搭載予定のフォーミュラEカーも展示
[画像のクリックで拡大表示]
クナフラ氏

 当社の場合、扱っている製品が産業用なので、個々の製品が私たちの日常生活に直接影響を与えているという実感は、それほど大きくはないと思っています。しかし、私たちの製品を利用して工程を密接に連携させた高度な生産プロセスを実現したり、スマートデバイスやインターネットを活用した先進的な自動化を推進したりすることで、社会に影響を与えるようなインパクトが生まれると確信しています。ただし、これらを実現するためには、現場を支える人々が新たな知識を身につける必要があります。

 その知識を蓄積するための取り組みを、まず社内で始めました。製造現場から開発部門まであらゆる部門に対してIndustrie 4.0の意義を説明する機会を設けています。これからの自分たちの役割を認識してもらうためです。また、これからどの部門においてもプロセスのデジタル化が進むでしょう。この過程で、新しい技術がどうしても必要になります。その新技術に対する不安を排除するためのトレーニングも欠かせません。すでに準備を進めており、初級の教育プログラムが間もなく始まる予定です。幅広い知識を身につけてもらうために、ワイヤレス通信の技術を学ぶプログラムも用意しています。

技術の利点を多角的に活用

伊野氏
図2 クナフラ氏にSiCパワーデバイスの最新技術を紹介する伊野氏
図2 クナフラ氏にSiCパワーデバイスの最新技術を紹介する伊野氏
[画像のクリックで拡大表示]

 ロームの主力製品は電子デバイスですが、製品を開発する際に社会課題を意識しています。例えばデバイスの小型化は部材の消費量削減に役立つはずです。省エネは重要な社会課題の一つですが、私が担当しているSiCパワーデバイスは、この課題の解決に直接貢献できる技術の一つだと考えています(図2)。

 SiCは、Siの約10倍という高い絶縁破壊強度、約3倍の広いバンド・ギャップ、約3倍の熱伝導率と優れた特性を備えています。このため、従来のSiパワーデバイスをSiCパワーデバイスに置き換えることで、回路で発生する電力損失を1桁下げることができます。

クナフラ氏

それは驚くべき値ですね。

伊野氏

 SiCパワーデバイスを利用すれば、回路の発熱量を格段に抑えられるうえに、SiCはSiよりも高温でも動作できるため、ヒートシンクなどの冷却システムを小さくできます。この特長を利用して機器の小型化や軽量化を進めることでも、システム全体のエネルギー消費量を抑えられるはずです。

 例えば先ごろ、汎用インバータや製造装置など産業機器の補機電源向けに耐圧1700VのSiC-MOSFETを開発しました。従来、耐圧1000V以上のSi-MOSFETは、導通損失が大きいことから動作時にかなりの熱を発しました。このため大きな放熱部品を実装しなければなりません。さらに周辺部品の実装にも制限を設ける必要があり、これらが小型化を進めるうえでの制約になりました。新開発のSiC-MOSFETならば、導通損失はSi-MOSFETの8分の1なので、放熱部品を小さくできるうえに、実装の制限をゆるくすることができます。さらにSiC-MOSFET駆動用に開発したAC/DCコンバータ制御ICを組み合わせれば、効率を最大6%と劇的に改善することが可能です(図3)。

図3 SiCパワーデバイスの利点
図3 SiCパワーデバイスの利点
[画像のクリックで拡大表示]
クナフラ氏
図4 フエニックス・コンタクトは、自動車業界向けの高効率化ソリューションを展示
図4 フエニックス・コンタクトは、自動車業界向けの高効率化ソリューションを展示
[画像のクリックで拡大表示]

 高効率でエネルギーを利用する技術は、今後ますます重要になるでしょう。今回のハノーバーメッセで、当社は市場のニーズを先取りした先進的なソリューションを紹介していますが、そこで採り上げている大きなテーマの一つが「エネルギーの効率化」です。具体的には自動車の製造ラインにおけるエネルギー消費の効率化を図るためのソリューションを展示しました(図4)。また私は2010~12年に自動車の製造システムで消費するエネルギーなどのリソースを削減する業界のイニシアティブ「Green CarbodyTechnologies」に参加していました。私たちは高効率化という共通のテーマにかかわっているようですね。

 高効率化を進めるうえで、個々の部品におけるエネルギー消費量を抑えることは重要なポイントの一つです。さらに製造システム全体の生産効率やエネルギー効率を管理するシステムを導入することで効率を格段に向上させることができるでしょう。

 以前、サーバールームを提供している会社と共同で消費電力の削減に取り組んだことがあります。相手の会社から事前に教わったのはサーバーの中核を担うマイクロプロセッサが必要としている5Vの電源についてだけでした。しかし、サーバールーム全体でみると電力を消費しているのはマイクロプロセッサだけではなく、照明やHVAC(Heating Ventilation and Air Conditioning)も多くの電力を消費しています。そこで、HVACなどを含めたプロセス全体を制御するインテリジェント管理システムを提案しました。

伊野氏

 高いエネルギー効率を追求する際に、デバイスとシステムの両面からアプローチすることは重要です。これによってシステム全体で消費電力を最適化する取り組みは、欠かせないですね。

技術者に求められる広い知識

クナフラ氏

 システム全体で最適化する取り組みは、様々なところで必要になるでしょう。ただし、工場のような大きなシステムは、機械、制御、半導体、ICT(情報通信技術)など様々な技術で構成されています。このようなシステムに向けた最適化のソリューションを開発する技術者は、幅広い分野の技術をある程度理解し、システム全体を俯瞰できる力が必要です。しかし実際には、自分の専門分野だけを追究して、その領域の外に飛び出して活動したり、他の専門分野の人たちと交流したりする技術者は必ずしも多くありません。しかし、これからは自分だけの世界から飛び出して、新しい分野の技術者と積極的に交流すべきです。様々な分野の人と議論することで、直面している課題に対する最適なソリューションが生み出せる可能性は格段に高まります。

伊野氏

 第4次産業革命の実現に向けた取り組みは、まだ始まったばかりです。今後、様々な課題が浮上してくるはずです。これは私たちにとってのビジネス・チャンスとなるでしょう。ただし、IoTのような新しい技術の導入だけに目を向けるのではなく、その目的を明確にする必要があるでしょう。

クナフラ氏

 それはとても重要な指摘ですね。それに、もう一つ付け加えたいことがあります。いつも考えていることですが、とても重要なことです。それは、「道は歩けば広がる」ということです。つまり、すでにIndustrie 4.0というコンセプトがあり、IoTシステムなどを開発できる枠組みもあります。しかし、現時点では、これがIndustrie 4.0だ、これがIoTだという定義がはっきりしていません。ここを明確することは、IoTのコンセプトを実践するうえで必須です。目的が決まれば、技術者は目標を達成するための新たな技術を開発することができるでしょう。

伊野氏

 ロームはカスタムLSIを数多く手掛けてきました。カスタムLSIを開発する際には、お客様の要求に丁寧に耳を傾けることが重要です。そのうえで、お客様の課題を解決するための複数の選択肢を提供するように心掛けてきました。同じアプローチで、第4次産業革命が進む中で浮上する課題を解決するソリューションを、積極的に提供するつもりです。

 本日はありがとうございました。

「ソーシャル・デバイス」Special 対談

新しい社会を創る先端技術

2016

社会を変革する自動運転技術 電子デバイスの進化が普及を加速 実行の局面を迎えた産業IoT 既成の枠を超えた連携が必須に 高度化するコンシューマ機器開発 マインドを変えて新たな局面へ 新たな社会を創る新産業革命 高効率化の技術が後押し

最先端技術から見える新しい社会

2015

静かに社会の大変革を引き起こすIoT 果敢な挑戦こそが新市場への扉を開く 産業や暮らしを変えるIoT センシング技術の進化が普及を加速 社会とともに進化する産業用機器 電子デバイスが高度な「省エネ」を実現

明日の社会を創る革新技術

2014

情報通信技術で進化する日本の農業、従来の枠を超えた連携が革新を後押し 消費を抑えた持続可能な社会へ、高効率化や小型化の技術で貢献 ともに進化する自動車とエレクトロニクス、先進技術の融合がもたらす社会革新

技術が拓く新しい社会

2013

社会を意識した取り組みが加速、着実に進むインフラの技術革新 建設業界で進む高度なエネルギー管理、電池不要の無線通信技術が一つの解に 世界が直面する課題に挑む医療機器、次世代半導体が技術革新に貢献