「ソーシャル・デバイス」Special 対談

日経BP社が運営する技術者向け情報サイト「日経テクノロジーオンライン」に、
2015年7月から2016年2月まで掲載したコンテンツを許可を得て転載しています。

変わる自動車と社会のかかわり、エレクトロニクスが変革を後押し

「パワートレインの電動化」や「自動運転」などエレクトロニクスやICT(情報通信技術)をベースとした自動車の進化が、ここにきて加速している。これとともに自動車と社会のかかわり方が変わりつつある。そこで、いまの進化の先にある自動車や社会の将来像などについて、日産自動車 総合研究所 モビリティ・サービス研究所 研究企画グループでエキスパートリーダーとして活躍する二見徹氏と、半導体メーカーのロームでLSI商品開発本部の本部長を務める飯田淳氏が議論した。

飯田氏

 近年、自動車の電子化が大きく進んでいます。以前は自動車の電子化といえば、機構系に電子制御システムを導入したり、AV機器やインフォテインメント機器を搭載したりすることでした。しかし、最近ではADAS(先進運転支援システム)など、情報処理や画像処理の技術を駆使した先進的なエレクトロニクス・システムが次々と自動車に搭載されています。これを受けて、いま多くのエレクトロニクス・メーカーが自動車向け市場の開拓に力を入れています。

二見氏
二見徹氏
日産自動車
総合研究所
モビリティ・サービス研究所
研究企画グループ
エキスパートリーダー

 自動車の動作の基本は、「走る」「曲がる」「止まる」。この中で最初に電動化が始まったのは「止まる」、つまりブレーキでした。油圧式ブレーキに続いて、電動機を使って運動エネルギーを電気エネルギーに変換することで制動をかける回生ブレーキが実用化されました。最近では、ブレーキの動作をコンピュータとアクチュエータで制御する「ブレーキ・バイ・ワイヤー」の技術が使われています。

 ブレーキの次は、「曲がる」。ステアリングです。こちらも油圧式に続いて電動式が登場。そして「バイ・ワイヤー」の技術がステアリングにも使われるようになりました。さらにEV(電気自動車)やHEV(ハイブリッド車)の実用化で、「走る」の電動化/電子化も進みました。こうして自動車の基本的な機能が、電動化/電子化されました。

飯田氏

 情報処理をともなう機能を搭載する動きは「知能化」とも呼ばれています。無線通信技術の進歩によって自動車を情報ネットワークに接続することが可能になったことで、知能化が一気に加速したのではないでしょうか。

二見氏

 カーナビゲーション・システムのような情報処理システムが、自動車に搭載されるようになったのは1990年代でした。こうしたシステムには、「走る」「止まる」「曲がる」を制御するECU(電子制御ユニット)に比べて桁違いに規模が大きいプログラムやメモリが実装されています。いわば、情報処理システムは人間の"大脳"。運動をつかさどるECUは"小脳"と言えるでしょう。ただし最近まで、"大脳"と"小脳"が別々に動作していました。ここにきて、二つを連動させる取り組みが始まりました。その一例が自動運転です。

飯田氏

 いまや自動車を構成するシステムのかなりの部分が電子化/電動化されているはずです。そういった意味で、自動車と半導体デバイスの進化は近しい存在になっているのではないかと思います。ロームでは進化する自動車、搭載数が増えるECUの要求にこたえるため、暗電流の削減やクランキング対策を意識した製品開発も進めています。

二見氏

 高級車では、パーソナルコンピュータ5台分相当の規模のコンピュータが搭載されています。電子制御技術が随所に組み込まれているEVになると、システム全体の約7割がエレクトロニクスに支えられています。まさに"走るコンピュータ"です。

80年代から電子化/電動化が加速

二見氏

 実は私は、自動車関連のエレクトロニクスに広くかかわってきました。1980年代初頭に日産自動車に入社して、最初にかかわったのが半導体デバイスの開発です。このころ半導体メーカーの多くは、コストと性能で優位に立つため、「微細化」に向けた製造技術の開発にしのぎを削っていました。ところが、自動車向けの半導体に求められるのは「耐環境性」。ここには必ずしも微細化に向けた最先端の製造技術は必要ありません。そこで、半導体メーカーの協力を得ながら車載に適した半導体デバイスを自ら開発していました。

 その後に携わったのが車載電子機器の開発です。エアバッグ・システム、キセノン・ランプを使った照明、ナビゲーション・システム、電子制御方式の四輪駆動システムなどです。いま搭載されている電子機器の源流とも言える先駆的な機器を数多く開発しました。

 1990年代になって携帯電話が普及しはじめたころになると自動車のICT(情報通信技術)化が始まります。このころから、知能化に関連する技術開発にもかかわるようになりました。さらに2000年ころからEVの開発にも従事しています。

飯田氏
飯田淳氏
ローム 取締役
LSI商品開発本部 本部長

 私は入社以来ずっとLSIの回路設計に携わってきました。創業製品である抵抗器は30年以上車載市場での実績がありますが、LSIの場合は、自動車における電子化/電動化あるいは知能化のトレンドをそのまま追ってきたわけではなく、できることを、ステップ・バイ・ステップで対応してきました。

 つまり、性能や機能、信頼性に対する要求が特に厳しい「走る」「曲がる」「止まる」の領域にいきなり進出するのではなく、カーナビゲーション・システムなど、いわゆる「インフォテインメント」と呼ばれる分野に向けた製品からはじめました。約20年前のことです。そして10年前より、パワー・ウインドウ、ドアミラーの開閉システム、空調機などボディ回りの電装機器向けの製品に手を広げ、最近では、自社でも手がけるSiC(シリコンカーバイド)と呼ばれる次世代材料を使った高効率デバイスを駆動するLSIも開発し、EVやHEVのパワートレインに向けに展開しています。

 車載向けで得意としているのは、人間の手足となるアナログ半導体です。モーターやアクチュエータなどを駆動するための回路や、様々なセンサーが出力したアナログ信号を扱うインタフェース回路に向けたデバイスを数多く提供しています。垂直統合型の生産体制が実現する「高品質」と「安定供給」、最先端のBiCDMOSプロセスを強みにして、10年前の売り上げ比率から15%ほど増やし、現在では売り上げ全体の約26%を自動車向け製品が占めるようになりました。

二見氏

 アナログ半導体の技術は、これから重要になると思います。例えば、自動運転は、「認知」「判断」「操作」の三つのプロセスで構成されています。このうち外部の情報をセンシングする「認知」と、機構系を動かす「操作」の部分では、必ずアナログ信号を扱います。

飯田氏

 センシングにおいて高い精度を追求するうえでカギとなるのは、センサーとその周辺のアナログ回路です。自動運転をはじめ、これからセンシングの技術を利用した様々なシステムが自動車に組み込まれる可能性があります。半導体メーカーが培ったアナログ技術のノウハウが自動車の進化に貢献できる可能性がありますね。

自動車の今後とカギを握るエレクトロニクス

二見氏

 自動車が、いま直面している課題は大きく四つあります。すなわち、(1)エネルギー、(2)地球温暖化、(3)事故、(4)渋滞です。これら四つの課題を解決しないまま自動車の数が増えると、自動車が人間の存続を脅かす事態になりかねません。実際、こうした事態を懸念する動きが出てきており、先進国を中心に「自動車離れ」が始まっています。

 そして、これらの課題を解決するために、大きく三つの取り組みが必要になると考えています。

 第1は、パワートレインの「電動化」。電動化すれば、風力、水力、太陽光などの再生可能ネルギーを利用することができるようになります。

 第2は「知能化」。自動運転を実現することで、事故や渋滞を減らすことができるでしょう。高度な自動運転の技術を確立できれば、わずかな車間距離を保ちながら多数の自動車が連なって走ることができます。そうすれば限られた長さの道路を、最大限に活用できるはずです。

 第3は、常時つながった情報ネットワークを介して様々なサービスが受けられる「コネクテッドカー(つながるクルマ)」を実現すること。これによって電子メールと同じように、無数の自動車が常に一定の時間で目的の場所に到達できる環境が実現できる可能性があります。

 この三つの取り組みを進めるうえで、いずれにおいても重要なカギを握っているのが、エレクトロニクスの技術です。

飯田氏

 半導体メーカーの重要な取り組みの一つが、消費する電力を削減することです。先ほど、パソコン5台分のコンピュータが自動車に搭載されているという話がありましたが、EVやHEVのように電池でエネルギーを供給する自動車の場合、何も手を打たないまま電子化/電動化を進めると、消費電力が増えるとともに1回の充電で走行できる距離が短くなってしまい、商品価値が下がってしまいます。回路で消費する消費電力を削減していかなければ、電子化/電動化が進められなくなる恐れがあります。

 機能には過剰スペックがあるかもしれませんが、省電力化に過剰スペックはないと思っています。特に、ここ数年の車載半導体デバイスの省電力化には、大変な技術力が必要とされています。

 ロームでは、一貫生産を軸とした垂直統合型の生産体制で、開発から製造まで全てのプロセスを見渡しながら設計の最適化を図り、消費電力を徹底的に削減する考えです。

二見氏

 自動車は常に改善改良が必須なので、設計から生産までインハウスで迅速に対応できるのは大きなメリットだと思います。

 自動車の技術は、いまは大きな変曲点を迎えています。当面は、2020年の東京五輪を一つのメドに大きな技術革新が進むのではないでしょうか。ただし、前回の東京五輪のときのように、技術革新のあとに新たな経済成長期が訪れるとは限りません。自動車業界は、自動車と社会の新しいかかわり方を模索しつつ、グローバルな規模の新しいビジネスの可能性を探ることになるでしょう。

「ソーシャル・デバイス」Special 対談

新しい社会を創る先端技術

2016

社会を変革する自動運転技術 電子デバイスの進化が普及を加速 実行の局面を迎えた産業IoT 既成の枠を超えた連携が必須に 高度化するコンシューマ機器開発 マインドを変えて新たな局面へ 新たな社会を創る新産業革命 高効率化の技術が後押し

最先端技術から見える新しい社会

2015

静かに社会の大変革を引き起こすIoT 果敢な挑戦こそが新市場への扉を開く 産業や暮らしを変えるIoT センシング技術の進化が普及を加速 社会とともに進化する産業用機器 電子デバイスが高度な「省エネ」を実現

明日の社会を創る革新技術

2014

情報通信技術で進化する日本の農業、従来の枠を超えた連携が革新を後押し 消費を抑えた持続可能な社会へ、高効率化や小型化の技術で貢献 ともに進化する自動車とエレクトロニクス、先進技術の融合がもたらす社会革新

技術が拓く新しい社会

2013

社会を意識した取り組みが加速、着実に進むインフラの技術革新 社会との親和性を高めるロボット、パワーデバイスが機動性向上に貢献 建設業界で進む高度なエネルギー管理、電池不要の無線通信技術が一つの解に 世界が直面する課題に挑む医療機器、次世代半導体が技術革新に貢献