特集:ナノバイオ
拡大の機運高まるヘルスケア市場

掲載記事

Contributing Articles

拡大の機運高まるヘルスケア市場

医療に革新をもたらすナノバイオニクス

最近になって健康管理・予防医療といった、いわゆる「ヘルスケア」に関連する市場を重視する企業がエレクトロニクスおよびITの分野で増えている。こうした動きが顕在化した一つのキッカケは、米Intel®社が中心となって2006年にヘルスケア市場の拡大を目指す非営利団体「Continua Health Alliance」を設立したことだった。アライアンスのメンバーには、世界の名だたるエレクトロニクス・メーカーや電子デバイス・メーカーがずらりと名を連ねており、その数は100社以上にも上る。このアライアンスの大きな目的の一つは、体重計、体組成計、血圧計や歩数計など、これまで個別に使われていた家庭向けの健康機器が相互に連携できる環境を実現することだ。それによって健康機器の市場を活性化することで、新しいビジネスの機会が生まれることを参加企業は期待している。
業界で話題となるサービスを次々と打ち出す米Google Inc.も2008年から個人向けの健康管理サービス「GoogleHealth」を展開。2009年には米IBM Corp.と協力して同サービスの強化を図る方針を打ち出している。
ITおよびエレクトロニクス業界がヘルスケア市場に重視する背景には、「社会の高齢化」「医療費の高騰」「生活習慣病患者の増加」といった問題が先進国を中心に浮上してきたことがある。これらの問題を解決するために、一人ひとりが自分の健康を管理することで病気になるのを未然に防ぐ「パーソナル・ヘルスケア」を重視する機運が世界規模で高まっている。


ナノバイオで高精度に診断が可能に

一方、医療の分野においても、疾患を治療することに重点を置いていた従来の医療から、病気の予防に重点を置いたヘルスケアへとシフトする動きが進みつつある。ヒトゲノム解析の技術などが進展したことによって、様々な疾患の仕組みを詳しく解明したり、初期段階で疾患を診断したりすることができるようになってきたからだ。最近では、病気の予知や予測すらも可能になりつつある。
こうした医療の分野における先進的な取り組みを可能にするうえで重要な技術の一つが、「ナノバイオニクス」である。原子や分子のレベルで操作することによって様々な機能や性質を備えた材料やデバイスなどを実現する「ナノテクノロジー」と、生体機能を利用して同様に様々な材料やデバイスなどを実現する「バイオテクノロジー」を融合した技術だ(図A)。ナノテクノロジーを適用した人工的なシステムと生体のシステムを微少な世界で組み合わせることで、新しい機能や材料を実現できる。


[図A] ナノバイオ技術の可能性(ロームが作成)

ナノバイオニクスが医療にもたらす利点の一つが、ナノレベルと極めて微少なシステムの振る舞いがもたらす「高い選択性」である。この特性を利用すれば、極めて微量な試料から高精度で疾患の有無を判定できるようになる可能性がある。そうなれば従来は専用の大型装置を必要としていた高度な検査を卓上型の小型装置で実施できるようになる。数日かかっていた検査時間を、わずか数時間程度に短縮できる可能性もある。小型装置を使って短時間で高度な検査ができるようになれば、大規模な病院や検査施設に足を運ばなくても身近な医療機関で、難しい診断にかかわる検査が実施できるようになることから、一段と高度なレベルのパーソナル・ヘルスケアが実現できるようになる。実際にナノバイオニクスを駆使して、短時間で高度な検査を実施できる卓上型検査装置が、すでに市場に登場し始めている。



半導体を足掛かりにナノバイオニクスに進出 μTAS検査チップと微量血液検査装置を製品化

ロームは、ナノバイオニクスの可能性にいち早く注目し、その研究に取り組んでいる。「いわゆる『バイオセンサ』の領域を中心にバイオニクスの研究に取り組んでいきます。『医療』『健康』『環境』『美容』といった、幅広い領域に展開できる可能性を秘めているバイオセンサを開発することで、新しい市場を開拓するつもりです」(同社常務取締役 研究開発本部長の高須秀視氏)。バイオチップを利用した試薬反応によって感染症検査や免疫検査ができる「ポータブル蛍光免疫システム」、微量の唾液から人間のストレスなどが判定できる「デジタル免疫チップ」、呼気から特定の成分を検出できる高感度のにおいセンサ「表面プラズモンバイオセンサ」、指先に当てるだけで健康状態やストレスの度合いが判定できる「脈波センサ」、肌の状態を観察できる「イオン・イメージング・センサ」など、すでに多彩なバイオセンサの開発に同社は取り組んでいる。

高須 秀視氏
ローム株式会社 常務取締役
研究開発本部長

「POCT」を実現する画期的なシステム

ナノバイオニクスの研究に取り組む同社が、その成果を生かし、ウシオ電機や三和化学と共同で2008年に製品化したのが微量血液検査システム「バナリスト®エース」だ(図1)。検査装置と検査チップから成るシステムである。指先などから採取した微量の血液を、検査チップに注入。これを検査装置に装填し、検査開始ボタンを押すだけで分析を開始する。その後、約7分間で、健康状態を判定するための様々な情報を出力する。「採血量は従来の100分の1。3日~5日はかかっていた検査がわずか約7分間程度で終わります」(高須氏)。しかも、検査装置は卓上型であるにもかかわらず、専門施設にある大型装置と同じ検査を実施できる。「医療の現場では、ベッドサイドや近所の診療所など患者の近くで検査を実施する『POCT(Point of CareTesting)』の実現を目指す動きが始まっています。患者の負担を減らすと同時に、タイムリーに検査を実施すること で、より適切な対応をとれるようになるからです。高度なパーソナル・ヘルスケアの実現にもつながります。バナリスト®エースは、POCTの推進に貢献するシステムといえるでしょう。」(高須氏)。

[図1] 微量血液検査システム
「バナリスト®エース」

このシステムのうち、検査装置はロームとウシオ電機が共同開発。三和化学は検査チップに封入されている検査試薬の技術を提供した。ロームが担当したのは「μTAS(Micro-Total Analysis System)」検査チップ(図2)。チップ内に最小幅100μmの微小な流路や試薬との反応室や混合室を設けてあり、全血液の成分を分離し、試薬と反応させる処理を、このチップ内で実施できる。「チップの加工に半導体の開発で培った微細加工の技術を応用しました」(高須氏)。この検査チップを、検査装置内部で高速回転させて内部に遠心力を加えると、注入した血液が流路を移動し、その途中で成分が分離される。分離された成分はさらに流路を移動し、流路につながった反応室や混合室で試薬と混ざる。検査装置はその結果を検出して表示する。

[図2] 半導体技術を基に実現したロームのμTAS

現在、感染症、肺炎など炎症が分かる「CRP」、動脈硬化などの微少な炎症が分かる「hsCRP」、糖尿病マーカーである、「HbA1c」といった検査チップを提供している。「すでに医療の現場で、このシステムを高く評価する声を頂戴しています。これまでは三和化学を通じてのみ販売してきましたが、ロームのチャネルを通じた展開も始めます。これによって医療における新しい取り組みに一段と積極的に貢献するつもりです」(高須氏)。



この件についてのお問い合わせ