ビーム出射方向を自在に制御可能な半導体レーザの開発に成功

発表日:2010-05-03


京都大学とローム㈱の研究グループは、出射ビームの方向を自在に制御可能な半導体レーザの開発に世界で初めて成功しました。
これまで、半導体レーザの出射ビーム方向は、一方向に固定されており、外部に設置した反射鏡の向きを機械的に制御することにより、 そのビームの方向を制御していました。そのため、
(i) 小型化が困難である、
(ii) 耐久性が悪い、
(iii) 動作スピードが遅い、などの課題がありました。
本研究では、光の波長程度の周期的な屈折率分布をもつフォトニック結晶を用いることで、半導体レーザそのもので、 ビーム出射方向を自在に制御することに成功しました。 具体的には、2種類の少しずつ周期の異なるフォトニック結晶を組み合わせることにより、様々な角度にビームが出射可能な共振(発振)状態が形成できることを見出し、 かつ、この共振器を実際にレーザ共振器として用いることにより、様々な角度にビームが出射可能なことを示すことに初めて成功しました。 この成果は、外部光学系なしに、レーザ単体でビーム方向を高速に、自在に操作することのできる全く新しいレーザの誕生を意味するものであり、 半導体レーザの新たな方向を示す極めて重要な成果です。 レーザディスプレイ、超小型レーザレーダ探知システム、チップ間光インターコネクションなど、 次世代型光システムの新たなレーザ光源として、極めて有望な技術と言えます。
本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」 (研究総括:伊澤 達夫 東京工業大学 理事・副学長)における研究課題「フォトニック結晶を用いた究極的な光の発生技術の開発」 (研究代表者:野田 進 京都大学 大学院工学研究科 教授)および「最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム」などの文部科学省プログラムのもとに、 野田 進、黒坂 剛孝(京都大学 大学院工学研究科 研究員)、酒井恭輔(同大学 次世代ユニット 特任助教)、岩橋 清太(同大学院生)、 大西 大(ローム㈱フォトニクス研究開発センター センター長)らによって得られたもので、 2010年5月2日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Photonics (ネイチャー・フォトニクス)」のオンライン速報版で公開されます。

■研究の背景

ビーム出射方向が自在に制御可能な半導体レーザを開発することは、レーザディスプレイ、レーザプリンター、超小型レーザレーダ探知システム、 チップ間光インターコネクション、医療機器など様々な分野への応用にとって極めて重要です。 現在、半導体レーザから出射されたビームは、外部に設置した反射鏡を機械的に移動させることで、その方向を制御することが一般的です。 そのため、小型・軽量化、高速動作、長寿命化が課題です。
この課題に対し、これまでに、半導体レーザのビーム出射方向を制御する試みは、数少ないながらも、いくつか存在していました。 しかしながら、得られた出射角度の制御量δθは、もともとの出射ビーム広がり角θdivに対して、大変小さい(δθ/θdiv~ 2程度)ものであったため、本質的に別の有効な手法の登場が望まれていました。本研究では、光を自在に制御可能なフォトニック結晶を用いることで、 レーザからの出射ビーム広がり角を1°以下に保ちつつ、±30°という幅広い角度で、連続的にビーム出射角を変化させることに成功しました。

■成果の具体的な説明

フォトニック結晶は、光の波長と同程度の周期的な屈折率分布をもつナノ構造体を意味します。図1(a)は、その一例で、周期aで、 屈折率が2次元面内で変化している様子を示しています。三角で示した空気孔が屈折率の低いところを表し、 背景の灰色部分が屈折率の高い部分を表します。空気孔が、いわば、微小な反射鏡の役割を果たすことになります。
すなわち、結晶内部を伝播する光は、2次元的に並んだ微小な反射鏡(空気孔)の共同作用により、いろいろな方向に反射、回折を繰り返し、 1つの安定した定在波状態、すなわち、共振作用を生み出すことになります。 つまり、光の増幅作用をもつ層(活性層)を組み合わせることにより、面全体でレーザ発振が得られることになります。 図1(b)は、考えているフォトニック結晶のバンド構造(周波数と面内波数の関係)を示しており、赤丸で示した部分が共振作用を与える点になります。 この赤丸の部分は、バンド構造が極値(周波数を面内波数で微分したもの、すなわち光の群速度が零になる点)に相当し、共振作用を起こす点を与えます。 同図では、この極値が面内波数零の点(Γ点)で得られており、発振したレーザ光は、フォトニック結晶に垂直な方向へ出射されることになります。
しかしながら、このままでは、出射ビームの方向がフォトニック結晶に垂直な方向に限られます。 もし極値を与える点が、Γ点からずれた点(面内波数が零でない点)で得ることが可能となれば、 発振した光はフォトニック結晶に垂直な方向から、ずれた方向へと出射されることになり、斜め方向への光の出射が可能となります。 様々な検討の結果、図1(c)に示すような2種類の周期をもったフォトニック結晶を組み合わせると、その周期差に相当する分だけ(周期をそれぞれa、a'として、 δk= π(1/a-1/a')だけ)面内波数がΓ点からずれた点で、極値が現れることが分かりました。 その結果を、図1(d)に示しています。ちょうど、赤丸で示した点が新しい共振点を与えます。 この点は、面垂直方向から、δθ=±sin-1(δk /k0) だけ、ずれた角度にビームを出射する点を与えることになります。 ここに、k0(= 2π/λ0)は、自由空間での光の波数(λ0は自由空間での光の波長)です。 つまり以上の議論から、周期の異なる2種類のフォトニック結晶を複合した結晶を用い、その周期の差を変化させることで、 様々な斜め方向に光が出射されることが可能になることが分かりました。
以上の検討に基づき、実際にデバイスを作製しました。 図2に、作製したデバイスの模式図を示します。デバイス内部には、2種類のフォトニック結晶の周期差を連続的に変化させた複合結晶が内蔵されています。 具体的には、一方のフォトニック結晶の周期aを、294nmに固定し、もう一方のフォトニック結晶の周期a'を、 294nmから426nmまで連続的に変化させた複合フォトニック結晶をデバイスに内蔵させています。 同図下部の写真は、複合フォトニック結晶の一部の電子顕微鏡像を示します。周期の異なる複合結晶が良好に形成されていることが分かります。 デバイス上面には、複数の小さな電極が並んで設置されています。 1つの電極サイズは17μm(x方向)×50μm(y方向)であり、3μm間隔で、x方向に、30~40個並んでいます。
ビーム出射角は、以下のように制御します。まず、全部で30~40個の上部電極のうち、隣り合う数個の電極を同時に駆動しつつ、 それらの駆動位置を、x方向に電極1つ分ずつ順にずらしていくことにより、様々な格子定数差をもつフォトニック結晶(共振器)部を選択励起し発振させます。 これにより、まず、ビーム出射角を、励起位置により、粗く変化させていくことが可能となります。 続いて、上部電極に流す電流バランスを、細かく精密に変化させるようにします。 これにより、発振領域の実効的な格子定数差をなめらかに変化させることが可能となり、連続的にビーム出射角度を変化させることができるようになると期待されます。
以上の考えのもと、作製したデバイスを室温において動作させた結果を図3(左)に示します。 発振波長は980nm近傍になるように設定しています。この図は、隣り合う2個の電極に均等に電流を注入し、 駆動位置をレーザ共振器の一方の端から他方の端までに、順に変化させた場合のビーム出射角度を示しています。 広がり角が1°程度と非常に狭いビームが、ちょうど車のワイパーのように左右へと変化して出射されていることが分かります。 ビームの出射角は、駆動する位置での周期差に応じて変化しており、0°から最大で±30°まで変化することが分かります。 なお、ここで、左右対称にビームが出射されているのは、デバイスの対称性によるものです。 図を良く見ると分かるように、一部の周期差のときに、片方のビーム強度が極めて弱い場合が観測されますが、 これは、意図しない非対称性が導入されたことによると考えられます。逆にこれを利用すると片方向にのみビームを出射することも可能となると考えられます。
続いて、隣接する電極へ注入する電流バランスを精密に制御し、等価的な格子定数差を連続的に変化させることを試みた結果を、 図3(右)に示します。同図では、出射角度が±22.0°から±23.5°の間で連続的に変化する様子を示されています。 その他の角度においても同様の制御が可能であることを確かめられました。以上の結果から、本デバイスにより、 ビーム広がり角を1°と非常に狭く保ったまま、ビーム出射角を±30°という極めて大きな範囲で、連続的に変化させることが可能であることが分かりました。
なお、本デバイスでは、ビームの出射角を変化させる際、デバイスの駆動電極位置が、少しずつ変化します。 この影響について、最後に述べます。前述のように、本研究で作製したデバイスでは、上部電極1つのx方向の長さは17μmで、 その間隔が3μmであるため、電流駆動位置を電極1つ分変化させたとき、 光の出射領域の変化は、20μmとなります。この変化は、応用上、問題ないぐらい小さなものと言えます。 例えば、レーザディスプレイに応用する際、仮にスクリーンを10cm程度離れたところに設置すると、上述の20μmの空間位置の変化は、期待される角度変化1°程度に比べ、 0.01°程度に留まります。すなわち、わずか1%程度の誤差のみを与えることになります。 さらに、この程度の誤差は、複数の上部電極に流す電流バランスを調整することで、簡単に補正できると考えられます。

■まとめと今後の展開

以上のように、周期の異なる2種類の複合フォトニック結晶をレーザ共振器として用い、その駆動位置と駆動電流バランスを制御することにより、 様々な角度に、連続的に出射ビーム角度を制御可能な半導体レーザが得られることが示されました。 今後、本デバイス駆動用の集積回路を併用することにより、より高度な制御が可能になると期待されます。 例えば、様々な方向に出射するビームを独立、かつ並列に制御することも出来るようになるため、従来の1本のビームをスキャンする方式では不可能であった 同時・並列動作も可能であり、各種の新規分野の進展に大きく寄与していくものと期待されます。 レーザディスプレイ、超小型携帯ディスプレイ、チップ間光インターコネクション、医療用カプセル内視鏡内蔵レーザメスなど、 情報、医療、通信など様々な分野に大きなインパクトを与える成果と言えます。

■参考図

図1.フォトニック結晶の模式図


<図1.フォトニック結晶の模式図>

  1. フォトニック結晶の例。x方向およびy方向に間隔aで三角形の空気孔が配列しています。
  2. バンド構造。結晶面内の波数が、赤丸で囲った零の位置(Γ点)に極値(共振点)が形成されます。
  3. 2つの異なる格子定数をもつフォトニック結晶の複合結晶。x方向に間隔aとa'で並んだ三角格子点が複合して配列しています。y方向の間隔は両者ともaとします。
  4. 複合結晶のバンド構造。結晶面内の波数が、零以外のδk=π(1/a-1/a')の点(赤丸)においても極値(共振点)が形成され、そこでレーザ発振が起こります。
図2.周期差を連続的に変化するよう工夫したレーザ共振器を含むデバイスの模式図


<図2.周期差を連続的に変化するよう工夫したレーザ共振器を含むデバイスの模式図>

約1000μm×300μmの範囲内に周期差を連続的に変化させた複合フォトニック結晶の層を、活性層の近傍に作製してあります。 aは294nmで一定であるのに対し、a'はデバイス左端から右端に向かって294nmから426nmまで連続的に変化しています。 上部には分割された電極が多段に設置してあります。1つの電極の大きさは17μm×50μmであり、x方向に20μmの周期で40枚並んでいます。 上部電極と活性層の間隔は充分短いため、電流を注入する電極を選択することにより、駆動位置を制御できます。また、隣接する電極への注入電流のバランスにより、精密な駆動位置の制御も可能です。これにより、適切な駆動位置を選択することで、所望の方向へのビーム出射を実現することが可能となります。

図3.実測されたビーム出射角度

<図3.実測されたビーム出射角度>

左図: 隣接する2つの電極を同時に駆動し、駆動位置をレーザ共振器の一方の端から他方の端まで離散的に変化させた場合のビーム出射角度です。 1つの駆動位置において、拡がり角が1°程度のビームが2つ、左右へ出射していることが分かります。 ビームの出射角度は、駆動する位置での複合結晶の周期差に応じて変化しており、0°から最大で片角30°まで変化する様子が確かめられました。
右図: 隣接する3つの電極へ注入する電流バランスを精密に制御し、滑らかに駆動位置を変化させた場合のビーム出射角度です。 この場合には、角度が±22.0°から±23.5°まで連続的に変化している様子を示しています。

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野田 進(ノダ ススム)
京都大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 教授
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂
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