特集:移動体通信用部品技術
テラヘルツ帯無線通信の技術

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テラヘルツ帯無線通信の技術

われわれの身近な生活の中では、すでにDVDやブルーレイディスクなどの光ディスクや、最近環境に優しい商品として高い注目を集めているLED照明など、光技術を用いた製品が数多く出回っている。携帯電話やテレビ・ラジオ、電子レンジなど電波を用いた製品も当たり前のものとなっている。
このように、「光」や「電波」と言った言葉はすでに聞き慣れた言葉となっているが、「テラヘルツ波」という言葉はまだ馴染みの薄い言葉である。これは、われわれの身の回りにテラヘルツ波を用いた製品やサービスがほとんどないに等しいからである。
テラヘルツ波とは、1秒間に1兆回振動している(=1THz、テラヘルツ)電磁波のことで、この振動の回数(周波数)の点で比べると光よりも少なく、電波よりも多い。ちょうどこれらの中間あたりであり、約0.1THz(=100GHz)から10THzの周波数を持つ電磁波をテラヘルツ波と呼ぶ。光や電波がこれほど身の回りに浸透した技術となっているにも関わらず、テラヘルツ波が応用されてこなかった理由は、主にテラヘルツ波を発生する技術・検出する技術の開発が、光や電波に比べて遅れていたからである。
今までは、テラヘルツ帯で使える発生装置や検出装置は大型かつ高価であり、民生分野での実用化は非常に困難であった。しかし、今回共鳴トンネルダイオード等を用いて、小型のテラヘルツ帯デバイスの開発を成功させたことで、今後、携帯電話や大容量のデータ転送が必要な機器に瞬時にデータを転送できるようになると、テラヘルツ波の可能性は一挙に広がっていくことは想像に難くない。

RTDを用いたテラヘルツ無線用素子

テラヘルツ波の特徴

光と電波の中間に位置する電磁波であるため、光の直進性と電波の透過性の両方をあわせ持っている。テラヘルツ波と同様に、透過性を利用している電磁波としてX線があるが、人体に対して悪影響を及ぼすという欠点があることは良く知られている。一方で、テラヘルツ波はX線に比べて人体への影響は非常に小さいと言われている。これらの特徴から、空港などで行われているX線検査に代わる、人体に安全な新しいセキュリティチェック技術としても期待されており、日本でも国土交通省により平成22年に成田空港で実証実験が実施された。価格の問題や、テラヘルツ波が衣服を透過することによるプライバシーに関する課題も残されているため、日本ではまだ実用化には至っていないが、アメリカやヨーロッパなどのテロに対する危険意識が高い国ではすでに導入されている事例もある。
テラヘルツ波は、水に吸収されやすいという特徴があり、水分を検知するためには好都合であるが、水分による吸収が課題となる場合も予想される。


テラヘルツ波を用いた無線通信

最近のスマートフォンの爆発的な普及に伴い、「周波数割り当て」という言葉を目にする機会が増えてきた。
周波数割り当てとは、用途ごとに使用できる周波数を、非常に細かく分類して取り決めているものであり、日本では総務省が管轄している。
スマートフォンの普及によりデータ通信容量が増えたため、すでに割り当てられている狭い周波数の幅では対応が難しくなってきている。しかしながら、現在のところ割り当てが細かく決められているのは275GHz以下の周波数だけであり、275GHz以上の周波数(すなわちテラヘルツ帯)では、割り当てが決められていない。テラヘルツ帯無線通信用の周波数に対して幅広い周波数を割り当てることで、通信容量不足の解消も可能である。
テラヘルツ波を無線通信に用いることのメリットは、まず第一に無線通信の高速化にある。一般的に無線通信では、用いる電磁波の周波数が高いほど単純な変調方式でもより速い通信を行うことに適している。従って、テラヘルツ波という高い周波数を用いることが数十Gbpsにも及ぶ無線通信の高速化につながると考えられる。また、最近の高速無線通信技術としては、ミリ波(60GHz帯)を用いた通信の進展が著しい。周波数割り当ての範囲が狭いと言う観点からも、テラヘルツ波より低い周波数を用いているという点からも不利な条件ではあるが、複雑な変調技術を用いることでミリ波の高速化を実現しているため、消費電力が増えてしまう問題がある。
現在、フルハイビジョンの4倍に当たる「4k」の家庭向けテレビや映写機が相次いで開発されており、テレビ画像の高精細化が進んでいる。これによりデータ容量も膨大になり、超高速での無線通信技術が強く求められている。超高速な無線通信技術が実現されれば、膨大になったデータも瞬時に転送することが可能になり、データを送る短い時間だけ電力を使うことで、データを送っていない間は電力をオフにすることで低消費電力な無線通信のシステムとしても期待できる。
また、テラヘルツ波はミリ波に比べて周波数が高い、すなわち波長で言えば短い。電波を大気中へ送り出す、または大気中の電波を受けるために必要なアンテナは、波長が短いほどサイズを小さく出来るため、ミリ波よりも小型の送受信機で構成できることもテラヘルツ帯無線通信の大きなメリットとして期待できる。このように、テラヘルツ帯無線通信には超高速・小型・低消費電力という特徴が期待されている。
前述のように、テラヘルツ波は水分による吸収が大きいが、300GHz付近はその中でも比較的、大気中の水分による吸収が小さい。これらの理由から、テラヘルツ帯での無線通信には300GHz帯の周波数が有望視されている(図1)。テラヘルツ帯の中では、大気中の水分による吸収が比較的小さいとはいえ、吸収の影響は大きいので、近距離もしくは近接での高速データ伝送が想定されている主な利用シーンとなる。

[図1] 300GHz帯電磁波を用いた無線通信

ロームでのテラヘルツ帯無線通信の開発

これまで述べて来たように、数十Gbpsという超高速無線通信の実現に向けて、テラヘルツ帯無線通信が脚光を浴びており、世界でも開発が活発に行われている状況である。ロームでは、テラヘルツ波の発振、および検出素子に必要な共鳴トンネルダイオードを開発している。
半導体基板上に放射効率、指向性の高いアンテナ構造を集積化した1.5mm×3.0mmサイズの小型共鳴トンネルダイオードを試作した(写真)。
この素子は、発振素子として動作する電圧領域とは別に、検出素子として動作する電圧領域がある。つまり、1つの素子で、印加する電圧を変えることで発振素子としても検出素子としても機能する(図2)。 しかも、この検出素子は、従来のテラヘルツ帯検出器に比べて、現時点でも4倍の高い感度を持っており、現在、さらなる高感度化を目指している(図3)。

[図2] 1つのRTDで受送信が可能 [図3] RTD検出素子による高感度検出

これらの発振素子と検出素子を用いることで、既に1.5Gbpsでのエラーフリー伝送を6mmという近接距離で実証し、ハイビジョン映像の転送にも成功した(図4)。
他の機関の報告によれば、送信機も受信機も大型であるが、われわれはコネクタを含めても10円玉程度の大きさしかなく、より広く普及する形でのテラヘルツ帯無線通信に成功している。今後の課題は、現在の1.5Gbpsからさらに高速化をすること、近接でのデータ伝送に限定されている通信距離を延ばすことである。これらの課題を解決するために発振素子の高出力化、検出素子の高感度化、高速なデータを扱う回路設計を進めている。

[図4] RTD発振素子-RTD検出素子による1.5Gbps
エラーフリー無線伝送時のアイパターン


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