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SiC開発の経緯

ポイント | 状況に変化 | コストと性能で大幅に進化 | より小さく、安く | まずはダイオードから

低価格化と用途拡大で本格的な普及期を迎えるSiC Point

 自動車メーカーや大手電機メーカーをはじめ、産業機器、インバータ装置、電源装置、そして電力事業者まで、さまざまな企業がある特定の材料にかつてないほど高い関心を寄せている。それが次世代パワー半導体の一つ、SiCである。

現行のSi素子をSiC素子に置き換えると、インバータやコンバータなど電力変換器の損失を大幅に低減できるためである。電力損失を低減できるので発熱量が減り、電力変換器もグッと小さく、軽くなる。

状況に変化

 自動車や家電、産業機器など、いずれの分野においても、インバータやコンバータの電力損失の低減は必須の課題となっている。エネルギー利用効率の向上は地球環境問題にも関連し、多くのメーカーにとって頭の痛い問題だ。SiC素子は、機器のエネルギー利用効率を大幅に改善する可能性があるため、「環境重視時代のキー・デバイス」とも呼ばれる。

 電力変換器に向けたSiC製ダイオードが初めて市場に登場したのは2001年のこと。だが、その価格の高さから、これまでは一部の機器での利用にとどまっていた。しかし、この状況がこれから、大きく変わる。SiCを求める声が急速に高まり、SiC素子の研究開発が進展したためだ(図1)。

スイッチング損失とサージ電圧のトレードオフ比較

図1 SiC素子をめぐる動きが活発化
2007年から2008年にかけてSiC素子をめぐる動きが活発化してきた。既に大幅に特性を改善したSiC素子や、高品質かつ大口径のSiC基板が次々と登場している。ユーザー側も、 SiCを利用して動作検証を始めている。

 特にSiCへの期待が大きいのが自動車業界である。例えば、トヨタ自動車は「SiCにはガソリン・エンジンと同じくらいの重要性がある」と語る。日産自動車は、SiC製ダイオードを利用したインバータ装置を試作済みで、同社の燃料電池車「X-TRAIL FCV」に搭載して走行実験を始めている。本田技術研究所も、SiC素子を使ったパワー・モジュールをロームと共に試作している。

 このほか、家電やエネルギー・システム業界からの期待も大きい。「エアコン・メーカーが強い関心を示している。早ければ2009年にも搭載されそうだ」(あるパワー半導体メーカー)、「早くSiC素子を試してみたい。とんでもなく高い効率が出るかもしれない」(ある燃料電池向けのインバータ開発会社)。

 電力事業者の取り組みも、熱を帯びてきた。関西電力は電力系統装置向けにSiC素子を搭載したインバータの研究開発を続けており、電力中央研究所は太陽光発電システムに向けた電力変換器を試作済みだ。

 ハイブリッド車や電気自動車、太陽光発電などの分散電源システム、家電や産業機器でのインバータなどがSiC素子市場を牽引する。「2015年には8億米ドル市場に成長する」(Yole Developpement社)との見方もある(図2)。

図2 SiC素子は8億米ドル市場に

図2 SiC素子は8億米ドル市場に
SiC素子の市場は2010年を境に大きく拡大し、2015年には8億米ドル市場になるという。2010年ごろから、年率60 ~ 70%以上の伸びを示すとみられている。(図:Yole Developpement社の資料を基に本誌が作成)

コストと性能で大幅に進化

 SiC素子の研究開発が進展することで、素子の特性向上とコスト低減に著しい変化が起こっている。

 まず、SiC素子の代表格であるダイオードは、その価格が大幅に低減した。歩留まりが向上し、メーカー数も増えたためだ。また、ユーザーが望む大電流化も進んでいる。研究開発品では用途拡大に向け、100A以上を出力できるダイオードが発表されている。 

 ダイオードだけではない。いよいよSiC製トラ ンジスタが登場する。中でも、切望されてきた MOSFETが、早ければ2009年にも量産されるこ とになりそうだ。

 SiC基板をめぐる状況も、大きく改善する。品 質が向上しているほか参入メーカーも増え、価格 低下が始まっているからである。SiC基板は、 SiC素子の特性や価格を大きく左右する。

より小さく、安く

 SiC素子が普及すると、電力変換器が大きく変わる。

 対象となるのはハイブリッド車などの電動自動車やエアコンなどの白物家電、太陽光発電や風力発電、燃料電池といった分散電源システム、産業機器や汎用インバータ装置、汎用のスイッチング電源など幅広い。

 こうした機器の電力変換器では、一般に、耐圧600V以上のダイオードにファスト・リカバリ・ダイオード(FRD)を、そしてトランジスタにはIGBTを使う。これらをSiC製のショットキー・バリア・ダイオード(SBD)やMOSFETに置き換えれば、

 電力変換器の電力損失は半分程度になる(図3)。SiC素子の開発を進める三菱電機によれば、最大で70%ほど削減できる場合もあるという。SiC素子を使ったダイオードやMOSFETでは、導通損失とスイッチング損失を小さくできるためである。損失が減ることで発熱量が減るので、電力変換器を小型化できる。

 さらに、小型化に向く特性をSiC素子は二つ備えている。一つは耐熱性が高いこと。SiC素子は300℃程度の高温でも動作する。Si素子では200℃程度が限界である。これにより冷却機器の小型化や省略が可能になる。

 もう一つがスイッチング周波数を高くできることだ。このため、スイッチング電源回路を構成するインダクタなどの周辺部品を小さくできる。本田技術研究所とロームによると、SiC製SBDとMOSFETを使えば、同程度の電力損失のまま、スイッチング周波数を4倍にできるという(図3)。こうした利点はSiCの高い特性値に由来する(表1)。本田技術研究所とロームのグループが試作した耐圧1200V、出力電流230Aのパワー・モジュールの場合、仮にスイッチング周波数を15k ~20kHzから100kHz程度にまで高めると「パワー・モジュールのコンバータに使うインダクタの重さを3kgから1kgに軽くできる」(本田技術研究所)という。

図3 電力損失の低減と、電力変換器の小型化が可能に

図3 電力損失の低減と、電力変換器の小型化が可能に
SiC素子のオン抵抗はSi素子(IGBT)に比べ数分の1と小さく、電力損失が小さくなる。発熱が小さくなり電力変換器を小型化できる。高周波動作が可能であったり、高温で動作するという特徴も、小型化に有利(a)。本田技術研究所とロームによれば、SiC素子だけで1アームを構成し、PWM制御した場合、Si素子で構成した場合に比べてスイッチング損失が約1/4となり、電力損失を約46%低減できるという(b)。(図:(b)はロームの資料を基に本誌が作成)

表1 次世代パワー半導体はSiを超える潜在力

表1 次世代パワー半導体はSiを超える潜在力
SiCやGaNといった次世代パワー半導体はSiに比べ、多くの面で物性値が高い。例えば、バンドギャップは3倍以上、絶縁破壊電界は5倍以上である。電子飽和速度は2倍以上である。熱伝導率も高い。(表:産総研のデータを基に本誌が作成)

 電力中央研究所は太陽光発電システム向けインバータ装置にSiC製SBDを利用すれば、装置の体積を14%ほど小さくできると試算している。

 日産自動車は、SiC製ダイオードを燃料電池車のインバータ装置に利用すれば、15 ~ 20%ほど小型化できると予想する。

 電力変換器が小さくなる分、コスト低減につながる。冷却機器も小さくなる上、高速スイッチングで周辺部品を小型化できるためだ。例えばトヨタ自動車は、SiC素子が普及する2010年代には、SiC素子採用によって増加した部材コストと、SiC素子の採用によるシステム・コストの減少分が、ほぼ同程度になるとみる。

まずはダイオードから

 SiC素子は、まずはダイオードから普及しそうだ。製品化から7年たち、価格が下がり、特性改善が進んでいる。

 発売された当初の2001年ごろは、出力電流が数Aの品種の場合で、SiC製ダイオードの価格はSi製ダイオードの10倍以上だったと、あるSiC素子技術者は言う。それが現在では、6倍前後だという。エアコンの高級機種や、効率を重視する高価な力率改善回路に搭載できる水準の価格である。

 価格が低下したのは、ダイオード製造時の歩留まりが向上し、メーカー数も増加したためだ。ダイオードの歩留まりは、出力電流が数Aの品種であれば、「90%を超える」(複数のSiC素子技術者)という。メーカー数の増加も価格競争に拍車を掛けている。これまで主要なメーカーとしては、ドイツInfineon Technologies AGと米Cree, Inc.の2社だけだったが、伊仏合弁STMicroelectronics社が2008年5月に参入を表明した。2009年には「SiC製ダイオードへの要望の声が1 ~ 2年ほど前から急速に高まってきた」として米Fairchild Semiconductor Corp.が、そして日本ではロームがダイオードを事業化する考えである。

 ダイオードの特性面では、大電流化が着々と進む。出力電流が大きくなることで用途拡大につながる。例えばハイブリッド車では、1チップで100A以上の出力が求められる。こうした特性を満たすダイオードを、ロームなどが試作済みだ。

 トランジスタは2009年から利用できそうだ。課題とされるゲート酸化膜の信頼性確保にメドが付きつつある。「初期不良品を除けば、信頼性はSi並みになってきた」(ローム)。このため「研究開発側としては、2009年にダイオードとMOSFETの量産を開始したい」(同社)とする。ロームだけでなく、Cree社なども2010年にはMOSFETの量産を始めるとみられる。

(根津 禎=日経エレクトロニクス)