


製品開発と並んで、いやそれ以上に大変なのが、量産ラインの開発。なぜなら従来の工法が通用しないなかで、これまでにない超小型ダイオードの量産化を実現しなければならないからだ。大量生産の担当として白羽の矢が立ったのは、生産技術課の瀬尾だった。
─ ライン開発にあたって、もっとも注力したことは?
「GMD2の量産化にあたっては、開発者の若井のひらめきで板チョコ方式を採用しました。これまでの製造法は、言ってみればチョコ一粒一粒を作るイメージ。そうではなく板チョコをパキッと割るようにカットするのが板チョコ方式なのですが、これまでに経験したことのない製造法だったんです。なので限られた時間のなかで、板チョコのように並んだダイオードをカットする刃や、それを動かすマシンの選定から始めなければなりませんでした。
いくら精度が高い刃でも、耐久性が低ければ使えない。さらに切れ味抜群で耐久性に問題がない刃でも、コストが高ければ現実的ではありません。いろんな刃とマシンを組み合わせて実験を繰り返したり、何度も機械メーカーに足を運んでアドバイスをもらったり……。選定を誤ると取り返しのつかないことになるので、マシンや部品を揃える工程にもっとも力を注ぎました」。

いろいろな刃とマシンを組み合わせて、実験をしては失敗、実験をしては失敗…。約4ヵ月間、そんなことばかりを繰り返した末に、ようやく理想的な刃とマシンのマッチングを発見した瀬尾。量産ラインの確立に向けて大きな一歩を踏み出したが、彼の背中には、また別の大きなプレッシャーがのしかかっていた。
─ 初めての試みに挑戦するうえで、神経を遣った点は?
「量産ラインの開発に向けて、使用できるラインはたったひとつしかありませんでした。それは、途中でマシンが壊れてしまったら、開発がストップすることを意味します。替わりがすぐ手に入るマシンばかりではないので、一度壊れてしまえば復旧に何週間かかるかわからない。なのでマシンの操作には、いつも以上に神経を遣いました。
操作パネルを見ながら慎重にマシンを扱っているとはいえ、毎日夜中の1時、2時までの作業が続くと、つい集中力が落ちてきてしまう。なのでみんなで指差し確認をし合うなどして、ケアレスミスを防ぐために細心の注意を払いました。マシンが壊れたら一貫の終わり、という綱渡り状態での開発の現場には、常に緊張感が漂っていましたね」。

幾度となく試作を繰り返し、ついに完成を迎えた量産ライン。出荷がはじまってから続々と増設され、現在はすでに10を超えるラインが稼働している。GMD2は、ロームの歴史を振り返っても例を見ないほどの、ビッグヒット製品となったのだ。
─ 量産ラインの開発者から見た、成功の秘訣は?
「月並みな表現かもしれませんが、今回の開発を通じて、人間関係の大切さに改めて気づかされました。従来のマシンスペックで作ることができない製品のライン開発は、引き受けたくないのが制作担当サイドの本音なんです。効率や納期の問題を考えると、非常にリスキーですからね。けれども初めて若井に会ったときの、彼の熱意に心を動かされてしまいました。『私たちロームにしかできない!』という若井の情熱にほだされて、工場をあげて協力することにしたのです。
私が作業をする工場が岡山県にあることもあり、開発中は若井と一緒に作業をするという機会は多くありませんでした。若井と顔を合わせるのは、開発が暗礁に乗り上げたときやトラブルが発生したときばかり(笑)。そして無事に問題点を克服した後は、決まって一緒に飲みに行っていましたね。ハードルをひとつ、またひとつクリアするごとに酌み交わす、お酒の味は格別。岡山と京都と距離は離れているものの、そうやって苦楽を共にするうちに、チームの結束力が次第に強くなっていきました。
これまでになかった新しいものを作り出すのは、若井たち開発者の仕事です。いっぽう彼らが情熱を注いで作り上げたものを、効率よく量産化するのが私たち製造担当の仕事。製造の主役となるのは私たち人間ではなくマシンなのですが、チームの結束力がなければ、若井の努力が無になっていたかもしれません。なぜならマシンをコントロールするのは人間ですし、マシンは決してひとりでは動かすことができませんからね」。


プロジェクト始動から、寝食を惜しんでサンプル作りを繰り返す日々が続く。ただ単に小型化を考えるなら、技術者の若井にとってはさほど難しいことではない。ところが立ちはだかるのは、さらなる性能アップというハードル。自ら課したものだったが、それを越えるまでの道のりはとてつもなく険しかった。
─ 開発にあたって、もっとも苦労した点は?


「図面を引くのは、比較的簡単なんですよ。つまり小型化を考えるだけなら、さほど難しくない。けれども、さらなる性能の向上を目指すとなると、そう簡単にはいきません。実際に試作に入ると、設計時には予想もしなかったような新たな問題点がたくさん出てきたんです。なかでも一番苦労したのが、製造方法の検討でした。
小型化にあたって「GMD2」には、これまでの側面電極とは異なる下面電極を採用しています。
ですから製造には、従来の工法がいっさい通用しない。“板チョコ方式”をひらめくまでは、悶々とした日々が続きました。
ゴマの粒よりも小さなものを作るので、顕微鏡とピンセットを使いながらの細かな作業だったのも辛かったですね。とくに手間がかかったのは、性能を評価するテスト段階。電気的特性を満たしているかどうかを調べるために、まず極性を判別する為に、印をつけなくてはいけないのですが、印は針の先くらいの大きさしかありません。顕微鏡をのぞきながら、一人がサンプルを固定して、もう一人が印をつけて……。
後輩の山下と一緒に悪戦苦闘しながらマーキングをし、結局二人で10万pcsくらいのサンプルを作りましたね」。

充てられる時間が長ければ長いほど、余裕をもって開発に打ち込める。ところが世の中の製品開発のスピードは、それを許してくれない。むしろこの分野のリーディングカンパニーであるロームに求められるのは、品質とスピードの両立。高品質の極小ダイオードが組み込まれた製品が、よりはやく消費者の手に届くよう、注力しなければいけないのだ。若井はそのことを、今回のプロジェクトを通じて改めて気づかされた。その背景には若井とお客様とのパイプ役として日々奔走する、商品企画課・大勝の心意気があった。
─ 開発を依頼してきた商品企画課とはどのようなやりとりが?
「そもそも私がこのプロジェクトにかかわったのは、商品企画課の大勝からのひとことがきっかけ。『お前の背中に、10億円のプロジェクトがかかってんねや!』とハッパをかけられて(笑)、その気にさせられたんです。実際に開発がスタートしてからは、顔を合わせるたびに尻を叩かれてばかり。『いつできるんや!』が、挨拶がわりのようなものでしたね。『あと2ヵ月はかかりそうです』と答えると、『1ヵ月でなんとかならんのか!』と返ってくる。正直そんな大勝の言葉をプレッシャーに感じたこともありました。けれども大勝からすれば、私たちを急かしたくなるのも当然のこと。彼の後ろには、開発を待ちわびているお客様がいるわけですからね。
厳しい面もありましたが、大勝は私にとって、頼れるアニキのような存在。『この部分はスケジュールを延ばしてもらうから、その分こっちを急いでくれ!』といった具合に、私たち開発者の状況も把握して最適なマネージメントをしてくれたんです。そんな彼のひたむきな背中を見ているうちに、私の意識も大きく変わりました。ただ開発・量産に向けて努力するだけではなく、少しでもはやく完成させなければ!という気持ちが強くなっていったんです」。

いくつもの壁を乗り越え、プロジェクト始動の7ヵ月後には見事量産に成功。もちろん一番の立役者は若井だ。けれども「世界最小ダイオードの開発・量産は、このプロジェクトチームでなければ難しかった」と、彼は言う。
─ たくさんの壁を乗り越えて、最後までやり遂げられた原動力は?
「一番はもちろん、お客様に対する責任感です。自分たちに納期があるように、お客様にも納期がある。なので私たちの開発が遅れると、お客様に多大な損害を与えてしまう結果になりますから。これは大きなプレッシャーでもありますが、やりがいにも繋がりました。
そしてもうひとつ、ロームのチームワークにもずいぶん救われた部分があります。とくに製造を依頼した工場サイドの親身な協力がなければ、量産体制の確立は難しかったかもしれません。実際に製造を担当したのはローム・ワコー株式会社なのですが、個人的には、あまり接点がなくて……。だから最初の頃は、工場へ行ってもオロオロするばかりでした。それが量産に向けての問題点をひとつ、またひとつクリアするうちに、製造担当との意思の疎通が活発に図れるようになってきたんです。そうすると、自然にいろんなアイディアが集まってくる。“新しい工法を生み出す”という同じ目標をもった人間同士の想いが、量産体制の確立を大きく後押ししたのです。もちろん商品企画担当である、大勝の想いもしかり。……だから0.6mm×0.3mmという小さなダイオードには、ロームで働くたくさんの人間の、大きな志が詰まっているんですよ」。


プロジェクトメンバーのなかで、一番最初に新型ダイオード開発の話を耳にした大勝。クライアントから「サイズを半分にして、性能をさらにアップさせてもらいたい」と言われたときには「正直、難しいかもしれない」と思ったという。なぜならそれは、これまで誰も挑んだことがない、未知の領域への挑戦だったからだ。
─ 実現できるかどうかわからない開発を請け負った理由は?

「難しいかもしれないと思ったのは事実ですが、それ以上に『絶対に成功させてやる!』という気持ちのほうが強かったからです。私たちロームは、ダイオード業界のリーディングカンパニー。常に最先端を走り続けてきた私たち以外に、いったい誰ができるんだ、と闘志が湧いてきたのです。
それに『今までなかったものを作ってほしい』というオファーを受けるのは、たいへん光栄なこと。私たちの技術力を認めていただけている、証拠でもあるわけですからね」。

開発にあたってもっとも重要なのは、オーダーどおりの製品を作り上げること。ところが「クライアントからすれば、“作れて当たり前”なんですよ。開発が成功することを前提に、あちらでも新商品の開発を進めているわけですから」と大勝は語る。つまり技術力だけでは、業界のリーディングカンパニーとしての地位を保ち続けるのは難しいのだ。
─ 開発にあたって、技術力のほかに必要となったのは?
「スピードです。なぜなら、私たちが部品を提供している携帯電子機器分野は、モデルチェンジのサイクルが非常に短い。クライアントの商品のコンパクト化が急速に進む昨今、開発に時間をかけていたら、時代から取り残されてしまうのです。
それに同じような製品の開発をするなら、一番に完成させないと意味がありません。二番手になってしまうと、せっかく開発しても製品の価値が半減してしまいますからね。
幾多ものピンチを乗り越え、GMD2は約1年で無事に量産化を実現。クライアントから『ロームにお願いして、正解でした』とねぎらいのお言葉をいただいたときは、思わず心のなかでガッツポーズをつくってしまいました」。

クライアントの意向を聞き、開発者たちに新製品の開発を依頼する。それが、商品企画課に所属する大勝の仕事だ。「私たちは、ただのパイプ役に過ぎません」と謙遜するが、クライアントと開発者との架け橋となる大勝のポジションは、非常に重要な役割を担っていた。
─ クライアントと開発者とのパイプ役として、心掛けたことは?
「クライアントの窓口となるのは私ですから、自分の目は常にクライアントに向いています。けれどもそれだけでは、けっして満足していただける製品を完成させることはできません。実際に開発、量産を行うのは、私ではなく若井を中心とした開発者たちですからね。
まず彼らにも、クライアントや私の想いを共有してもらうことが重要。開発者に若井を指名したときに、このプロジェクトがどれだけクライアントの、しいてはエンドユーザーの役に立つのかという、自分の熱い想いをストレートにぶつけました。プロジェクト始動後も、なるべく若井とコミュニケーションを取ることを心掛けましたね。廊下ですれ違ったときにも、『いつできるんや!』とハッパをかけたりして(笑)。
けれども、ただ『早く作ってくれ!』と急かすだけではダメ。たとえばスケジュールでも、クライアントと開発者、両者の意向を汲みながら妥協点を見つけて調整していく。クライアントの方向を向きつつも、できる限り開発者たちの意見にも耳を傾けるようにしました。
今だから言えるのですが、若井の第一印象は“マイペースな研究肌タイプ”だったんです。なので最初は正直、「大丈夫かな?」と思ったりもしました。ところが彼は、顔には出さないものの、熱い闘志をうちに秘めた男。GMD2開発にあたっては、かなり無理なお願いをしてきましたが、それをきちんと受け止めて具現化してくれた。『クライアントのために、必ず実現させる!』という同じ目標に向かって、若井がチームを引っ張っていってくれたことが、成功の秘訣だったと思います」。
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